NPO法人「I Love 加賀ネット」は加賀の発展と心豊かなまちづくりの為に活動する団体です。
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「I Love加賀ネット」ブログ随時更新中です。

第198回 「2018年を迎えて」

 

 

2018年(平成30年)の幕開けです。
本年もよろしくお願い申し上げます。

 

桜の時季 朝陽が昇る「白山」

 

2018年はこの先10年の重要な分水嶺となる年だと思っている。平成31年5月1日に譲位されることになり、新元号も決まる。2020年は東京オリンピック・パラリンピックの開催。
そして大阪IRと大阪万博と続き、リニア新幹線開業、北陸新幹線も大阪までと繋がり、首都圏から大阪首都圏への道としてのインフラが整備される。

 

まさにその滑走路にいる状態が2018年である。

 

華やかに見える反面、人口減による地方創生の道のりは苦戦を強いられと予想される。一番の心配は北朝鮮関係ではないだろうか。一発触発の状況から回避できるとは思えない。一瞬にして暗黒の世界にならないように祈るのみである。

 

当、NPO法人iLove加賀ネットは設立10周年を11月11日に迎えます。

 

 

画・筆者

 

 

当会の10年に亘って地道に、故郷加賀を愛し、さまざまな事業に取り組んできました。中谷宇吉郎「雪の科学館」指定管理、「柴山潟桜周回廊計画事業などこれからも継続事業として取り組んでいきます。

加賀の自然、白山、柴山潟、源平合戦の歴史と奥の細道。さらに山中、山代、片山津の温泉や観光事業へと、常に地元と密着した活動を推進していく所存です。

 

本年もよろしくお願い申し上げます。

 

2018年(平成30年)元旦
NPO法人I Love加賀ネット
理  事  長 川口泰之                                                      事務局長 東川敏夫
役員一同

 

第197回 「2017年を振り返って」

「2017年を振り返って」

 

2017年は衆議院選挙があり、小池百合子東京都知事の希望の党の立ち上げで盛り上がったかと思えば、「排除」発言で一転して求心力を失い、希望の党の代表辞任や都議における都知事としての立場も、豊洲問題などで微妙なところにある。国会はモリ・カケ問題ばかりであり、野党の不支持率に繋がっている。国民の関心はむしろ北朝鮮との戦争になるのではないかとの心配の方である。マスコミへの不信感が強い。社会的不安や戦争などの不安感が混在したとしであったと。また、天皇陛下譲位による平成の年号が平成31年4月30日で終了し、5月1日からは新元号になることが決まり、昭和、平成に人生を送ってきたものにとってはないかと感慨深いものがある。

当コラム2016年8月NO179で「ミューヘン、札幌、ミルウォーキーのCM」の女性のトップリーダーが活躍するとかきましたが、キャメロンから引き継いだテリーザ・メイ、ドイツのアンゲラ・メンケル、北海道の高橋はるみ知事は頑張っているが、米国クリントンはトランプ大統領に負け、韓国朴大統領は失脚、小池百合子東京都知事は「排除」発言で終わった。米国トランプ大統領誕生により、世界秩序にあっての日本の立ち位置は重要である。殊に安倍総理はむしろキーマンとしての役割は大きいはずである。

 

国の方向性は重要ではあるが、自らのこととなると甘くなる。この一年は挑戦し続けた一年でもありました。筆者の年齢になると少々無謀と云えることも許されると思い、国家試験資格に挑戦して失敗、絵の展覧会に出展しても駄目、独学での壁は厚く跳ね返されております。何事も諦めずに挑戦することが自分にとっては必要なことと思っての2017年でありました。悔しさをばねに2018年も挑戦する予定ではありますが、衰える頭脳と体力との戦いでもあります。

「寄る年波に」の言葉の意味が若い方には通じないようで、「寄る年波は」死後になったのではないかと。負けられない気力で立ち向かうしかなさそうである。

 

この年も恙なきや加賀の鍋 (鳶)

 

2017年NPO法人I Love加賀ネットをご支援賜りまして誠にありがとうございました。

2018年になります、皆様がよき年を迎えられますよう祈念申し上げます。

 

2017(29)12.29

NPO法人 I Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

第196回 当地方言「もみじこ」

第196回 当地方言「もみじこ」

 

七十二候「橘始黄」「閉塞成冬」「乃東(うつぼ草)生」小雪から大雪、そして冬至となる。

12月の中旬ともなると、まさに「閉塞成冬(雲が空を塞ぐようになる真冬の天気)」である。

 

筆者の年齢になると、求めることや、ものは少なくなるが、失うものが多くなる。当然といえば当然であって、老化に伴い体力や金銭的なものも蓄財から減っていく。自然と云えば自然ではある。この時期になると喪中葉書が届き、今年もまた、年賀状の枚数は激減していく。人も物も形も失っていくことに寂しさを感ずることはない。

 

「湯豆腐」が季題であるが、季刊誌北國文華の何年か前に掲載されていた、俳誌「雪垣」同人 宮地英子 語り伝えたい心に残る方言第41回に「もみじこ」の文章が掲載されている。お節料理の「もみじこ」は北陸の方言であると知ったと。鱈の真子、「すけそうだらの子」を北陸では「もみじこ」と呼ぶ。「たらこ」は共通語である。筆者は大阪であるが、「もみじこ」は生まれ育った土地の「もみじこ」は「もみじこ」として認知している。そこで

 

宮地英子さんも書かれていますが、「もみじおろし」を連想する。「もみじおろし」は大根おろしに赤トウガラシを差し込んで一緒におろす。「たったおろし」焼き魚の生臭みを消すために用いられる。そこで「湯豆腐ともみじこ」なのである。湯豆腐は昆布出汁や薬味で豆腐がさまざまに変化する。豆腐は夏は冷奴、冬は湯豆腐と日本人の食卓には欠かすことはできない食品でもある。過日、京都の紅葉の見ごろな南禅寺を訪れたが、南禅寺と云えば湯豆腐で有名ではあるが、豆腐は豆腐と思うのは不粋なことなのかもしれませんが。

 

「湯豆腐のもみじおろしや戦争論」「湯豆腐やもみじこ辛し戦争論」のような俳句を作ってみたが、「もみじこ」が解ってくれるかどうかである。

 

片山津、柴山潟の冬を

「時雨ける 潟波うてり 欄の下」 水原秋桜子

「時雨雲 のこるを潟の 月照らす」 水原秋桜子

「潟の水 かすかに白き 波を立つ 雪の山をば 夜も夢むらん」与謝野晶子

 

 

富士山・立山と並ぶ日本三名山の一つ「白山」。

雪を頂き、光を浴びて輝く姿に、古来より人々は

白山を「白き神々の座」と信じ、崇めてきました。

(撮影/2017(29)11.28 中谷宇吉郎「雪の科学館」館員 新 佳織)

 

2017年も12月のみ。平成30年(2018年)北朝鮮との戦争が始まるのか、2017年終わりに戦争が起こるのかわからないが、いずれにせよ戦争は人類の最大の不幸である。

 

2017年12月1日
NPO法人 I Love加賀ネット
事務局長 東川敏夫

 

第195回 NPO法人I Love加賀ネットの9年

                                                                                                                                                                        「さらなる前進へ」

 NPO法人I Love加賀ネットは満9年を本日迎えました。誠に喜ばしいことと思います。
発足以来3000日を超えて、加賀の地元に確りと根を張り、活動してまいりました。そしてかなりの認知度も上がり、NPO法人としての信頼も実績に基づき得ております。                                               皆様の温かいご支援があっての運営活動の歴史であることは言うまでもありません。

改めて感謝申し上げます。

  さて、企業にしても、あらゆる事業にしても継続の難しさは根幹について回ります。継続こそ最重要課題でもありますが、やはり高齢化は事業の年数と共に組織の人材にも顕在化しております。このことは、取りも直さず日本の現実でもあります。

 2048年には人口は1億人を割込むこととなり、その間あらゆる分野での影響も否めないこととなる。都道府県や市が激減して、平成の大合併と同様な、行政の合併などが当然行われると思われる。平成の後の年号はこれからの検討ではあるが。今日の産業分野での変化を捉えるならば、公共交通の運行本数減、新築マンションよりも中古マンションの安定感。日本における車販売台数減、スポーツでもゴルフ人口減など、少子高齢化現象が如実に表れてきている。

 先般のTVで、統廃合した小学校、中学校の有効利用を報道していたが、少子化や都市化が進んだ負の産物を再利用する活動でもある。そうした意味からもNPO法人としての活動にある意味では道筋をつけていることではないかと考えている。

 NPO法人I Love加賀ネットの理念である「加賀の自然資源を活かし、文化、歴史、科学、教育、まちづくり推進の為の情報を発信する」が今後も継承されていくものと確信する。地元加賀に根差したNPO法人加賀ネットの役割は大きく、期待されてもいると思っています。ブレることのない信念と活動を更に前進させていくつもりです。

今後ともよろしくお願い申し上げます。

2017年11月11日
NPO法人 I Love加賀ネット
事務局長 東川敏夫

 

 

第194回 「記録的大雨で洪水、水害が、昔を思い起こさす」

 

「記録的大雨で洪水、水害が、昔を思い起こさす」

 

今年は、全国的に水害、大洪水に見舞われている。8月8日に台風5号の影響で加賀市柴山潟や小松市梯川は、午前10時に洪水が起きる危険水「氾濫危険水位」に達した。柴山潟の上流にあたる加賀地方の山沿いでは、半日(12時間)で200㎜を超える大雨記録となる。

加賀市菅谷の気象観測器アメダスでは8月1カ月分を超えた雨量となった。(8月8日ウィザードニュースより)8月8日に5号、10月終わりには22号とかなり頻繁に日本列島を直撃している。毎週末は台風による記録的大雨になり、各地の地盤もかなり危険になってきているように思われる。

 

50年、60年前は柴山潟が毎年のように洪水に見舞われていた。必ず床上浸水になり、家具や畳をニ階に上げたもので、年中行事の感じがしていたように思う。筆者は小学生、兄達は中学生で畳み上げなどは然して苦にはならなかったものである。柴山潟から距離にして200mもなかったと思うが、殆どは床上浸水を逃れることはなかった。ましてや潟を取り巻く様に旅館が立ち並んでいた片山津温泉の旅館群は、1969年(昭和44年)の大火に見舞われるまでは全国的に有数の宿泊客を誇っていた。潟沿いの旅館はこうした水害を予知した建造物になっていたし、潟沿いの一階部分はどの旅館も床下は倉庫や材木置き場のような構造になっていた。子供の頃はその床下が格好の遊び場でもあった。

 

8月8日の5号台風は、動橋川は上流からの記録的大雨により、柴山潟に流れ込みあらゆる材木や物を運び込んで来て危険水域だと、筆者の大阪でもTVニュースで放映された。

動橋(いぶりばし)川と読める人は、地元の人は当然ですが、加賀市出身の人位であろう。

1964年(昭和39年)新堀川水門の完成により、昔のような温泉街が水害で床上、床下浸水はなくなったかのように聞いてはいるが、場所によってはやはり水害による被害はあるようだと聞く。福井大震災は1948年(昭和23年)6月28日ちょうど片山津温泉「湯の祭り」の日に襲われた災害であった。69年前の出来事であった。

 

                    【 写真】*今回の台風により、「柴山潟」の

                         水が堤防を超え、「流木」が湖岸道

                         路に飛び散った惨状( I Love加賀

                         ネット・10月25日撮影)

                      *      *      *

動橋川の危険水位によって潟岸には廃材や材木などの残骸が残っており、大変な処理作業となっているようだ。当NPO法人I Love加賀ネットの「柴山潟桜周回廊計画」(2012年3月)桜の植栽をして5年が経過しておりますが、今回の記録的大雨においては、残念ながら一部にかなりの被害が及んでおりますが、今現在も作業対応に苦慮しているところでもあります。自然のもたらすエネルギーには人は対抗できません。地震も水害もいつやってくるか解かりません。毎年地道な作業をして育成する桜の成長の為にも、早期の作業が緊急課題であると思っています。

 

寺田寅彦の「天災は忘れたころにやってくる」がまさに警鐘となっている。

2017(29)10.28

NPO法人 I Love加賀ネット事務局長

東川 敏夫

 

第193回 「防災を考える」

 

七十二候 禾乃登(か すなわち みのる)稲などの穀物が成熟する季節。

9月には入り、ようやく朝夕は涼しなったようである。とは言え大阪の日中は30℃を超えている。例年中旬まではと思うが、木々の緑が強い日差しに正に負けたように瑞々しさが乏しく、黄ばんだ状態のところが多くみられる。

 

9月1日は「防災の日」防災週間である。全国各地防災訓練が実施されたが、今年は防災と人災(北朝鮮ミサイルが北海道上空に打たれ、また9月3日に水爆実験、震度6と発表。一気に緊迫状態にさせられている。)一触即発、チキンゲーム状態である。やりたい放題であるが、現憲法の足枷で日本はどうにもできないのが現実である。厳重に抗議したり、外交努力では、中国、ロシアとの綱引きでこれも難しい。

防災訓練とミサイルに対する防御訓練。昔の空襲警報で身を隠すようなことではなく、如何にして防御するかにかかっている。二層防御では難しいようである。不安な日々になりかねない。こうした9月1日からの防災訓練に今年は追加されたようなものではあるが、

2日(土)筆者の豊中市は合同訓練で実践的な防災訓練を実施した。また、5日は大阪府が大阪880万人防災訓練として府民が一斉に訓練に参加する。スマホ、携帯に地震、津波の警報が入ります。筆者のマンションでは、この日防災委員会が主導して訓練を実施する。

夜間も安全確認をLEDペンライトで「無事です」連絡をし、チェックします。防災訓練は繰り返しやることで、いざという時に役に立ちます。防災グッズ、防災用具、個々に防災リックに備蓄して、何時でも備えが出来ていますか。都市における少子高齢化による防災対策、ことに要介護者、弱者における防災対策は緊急を要することである。

 

地方創生も都市に限らず高齢化と人口減による緊急対策が不可欠である。

そのうち来るであろう東南海地震に備えをする。人災を起こさない。減災に努力する。今年は地震よりも各地の記録的洪水に悩まされたのではないでしょうか。これからは台風シーズンでもありますが、すでに来た15号など1か所に居座り続ける嫌な台風でもあった。

地震、天災、水害、そして戦争等には努々ならないことを願いたい。とは言えそんなことはないだろうと云うノー天気なことでもないだろう。

 

 

2017(29)08.15

NPO法人 I Love加賀ネット事務局長                              東川 敏夫

 

 

第192回 七十二候「寒蝉鳴(ヒグラシ鳴く)」 

 

暦では立秋が過ぎ、七十二候「寒蝉鳴(ヒグラシ鳴く)」

夜間幾分気温も下がり、寝苦しさから解放される。虫が鳴き、ヒンヤリ感が覆ってくる。

直ぐにやってくる秋。日本の季節は素晴らしい。

 

 

英国世界陸上では、100M×4 銅メダル。まさかのボルトの疾走故障があったとはいえ、堂々たるメダルである。競歩50Km銀メダル、銅メダル、5位と大活躍である。2020年東京五輪が楽しみである。ゴルフ(全米プロ)松山英樹がメジャー初優勝かと。

残念ながら6位に終わった。世界におけるスポーツ選手の活躍は目覚ましいものがある。そして、甲子園は、石川は航空石川、福井は坂井。熱戦が繰り広げられている。2回戦そして、ベスト8へ。夏休みは高校野球、甲子園である。

 

スポーツの世界では楽しみがあるが、北朝鮮との緊迫した状況にあるのは、何とも不気味である。米国トランプ大統領も内憂外患であり、危機管理のレベルを上げていかざるを得ない。日本における北朝鮮危機は最早安穏とはしておれない状況と理解した方がいいと考えざるを得ない。金正恩、トランプの暴走がないように祈るしかない。緊迫関係を解きほぐす方法はあるのだろか。正しい情報はどれなのか解からない。日本のマスコミはフェイクニュースを流し続けている。既に可笑しくなっていると思っている。

 

間違った情報を鵜呑みにすることなく(これまでのマスコミと明らかに違う)自らが正しく判断できるようにしておく必要が出てきたと云える。マスコミの情報操作が甚だしいものがある。歪な東京都政や日本ファーストの会等の勘違いが起こってしまう。兎も角嫌な時代ですね。

 

 

「奥の細道」芭蕉は立石寺で、五月二十七日(陽暦7月20日立石寺で

「山寺や石にしみつく蝉の声」を句をよんだ。この句は「さびしさや岩にしみ込む蝉の声」と改案され、さらに「閑さや岩にしみ入る蝉の声」と改められた。

「五月雨をあつめて涼し最上川」 六月十四日(陽暦8月5日)酒田の豪商寺島彦助に招待され安種亭(安種が崎の別荘)で俳諧が催された。「涼しさや海に入れたる最上川」と。その後「暑き日を海に入れたり最上川」と改められた。

 

六月十八日(陽暦8月9日)「象潟や雨に西施がねふの花」

七月四日(陽暦8月25日)「あら海や佐渡に横たふあまの川」この日は雨であった。また翌日の五日も雨で、出雲崎を出て、柏崎に至った。熱い真夏を越後路の旅で、これから加賀の国に入ることになる。倶梨伽羅峠を越え、金沢に着いたのは七月十五日(陽暦8月29日)のことです。

 

8月15日終戦から72年。何もせずして日本の安全はあり得ない。大きな節目である。

 

 

2017(29)08.15

NPO法人 I Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

 

第191回 「温故知新」歴史に学ぶ地方創生

第191回 「温故知新」歴史に学ぶ地方創生

 

 

当コラムもNO190から約半年、季節は二十四節気芒種(ぼうしゅ)。

七十二候蟷螂生(とうろううまれる)稲などの実に針状の「芒」(のぎ)がある穀物の種をまく時期。蟷螂はカマキリ。今日から九州、四国、中国、近畿に梅雨入り宣言。例年より三日遅いとのこと。

 

梅雨の季節になると、60年以上前の「湯の祭り」の光景が記憶の底からが甦ってくる。当コラムのNO175に「蕪村と湯の祭り」で書いていますが、湯の祭りと云えば雨の記憶である。それも尤もなことで、梅雨のど真ん中の時期だからである。

 

芭蕉は奥の細道で

「むざんやな 甲の下の きりぎりす」芭蕉

「幾秋か甲にきえぬ鬢の霜」曾良

「くさずりのうら珍しや秋の風」北枝


 

  寿永二年6月1日(1183年6月22日)治承・寿永の乱(篠原の合戦)である。

斎藤実盛は源為義、義朝に仕え、保元の乱で勲功をたてたが、平治の乱に破れ、義朝滅亡後は平宗盛に仕えた。寿永二年平維盛が十万の兵を率いて、北陸に木曽義仲を攻めた時、老武者と侮られない為に、白髪を染めて出陣、その際宗盛から錦の直垂を賜った。錦の直垂は大将が着用する金銀織り交ぜた立派なものだった。そして篠原の合戦である。

幼い頃実盛に救われて成長した木曽義仲は、実盛が、手塚太郎光盛討たれ、樋口次郎が首実験をして、今まで蟀蟋黒髪が白髪になり、実盛であることが明らかになり、木曽義仲は昔の恩義を思いおこし白髪頭を見て号泣したと云う。(平家物語「篠原」「実盛」)

こうした歴史的背景を芭蕉は「むざんやな 甲の下の きりぎりす」と詠んだのだろう

  1. 実盛の甲は多田神社へ奉納された。「詩経」の「十月蟋蟀、入我牀下」コオロギ床下にありを意識の中に持っていたと思われる。

(麻生磯次著「芭蕉物語」(中)より引用)

 

木曽義仲(源義仲)は倶梨伽羅峠での勢いをそのままに篠原の合戦に挑んだ。そして前日までは激しい雨が降っていた。梅雨の真只中なのである。

 

探題実盛 蕪村

「名のれ 名のれ 雨しのはらの ほととぎす」  落日庵 名所小鏡

(新潮日本古典集成 校注清水孝之 与謝蕪村集より NO175でも引用)

「さぐりだい」詩歌の席上幾つか出された題の中から探りあてた題を詠むこと

「実盛」は斉藤別当実盛。『平家物語』七実盛最後参照。

実盛が手塚の太郎光盛に討たれたこの篠原に、今雨が篠突くように降っている。

時鳥よ

実盛の鎮魂の為に一声鳴いてみてくれ。謡曲の文句通り、地名を詠みこんだ掛け詞は技巧的だが明晰にこなした秀句。

♢名のれ名のれ「名のれ名のれとせがむども終に名のらず、こえは、坂東の声にて候ひし」

(謡曲「実盛」)時鳥の鳴くことを「名のる」というのは古歌に多い。♢しのはら 加賀の国と「篠突く雨」と掛ける。

 

蕪村 探題

「名乗れ 名乗れ 雨篠原の時鳥」

平家物語、謡曲「実盛」、芭蕉、蕪村が後世知るところとなり、また「篠原の合戦」の歴史はこれからも継承されていくはずである。

 

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NPO法人I Love加賀ネットは、毎年「春のウォーキング」には、「篠原合戦」をコースに歴史ウォーキングとして定着させています。

 

本年6月3日(土)、「篠原の合戦」を回顧するシンポジュームが開催されました。

“古戦場„跡の首洗池・実盛塚に、実盛・義仲・光盛の子孫が参加しての画期的な企画です。(事業報告に掲載参照)

歴史や文化、伝統、科学など地元の先人は遺産として残してくれました。更に柴山潟と白山という大自然が人の歴を見守ってきました。こうした資源・資産に恵まれた場所は、中々見つかるものではないと思っている。それだけ価値観が高い。観光のみならず、文化や自然や歴史に育まれる人々の安らぎを、求めていかなければならないと思っている。

ともすれば、これまでのように「おんぶにだっこ」ではいけないのではないでしょうか。「温故知新」歴史を知れば知るほどに、様々な創造力が芽生えてくるものである。構想力や創造力は実行した時にこそ意味がある。

 

2017(29)06.14

NPO法人 I Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

第190回  士為知己者死 女為説己者容 

 

 学術、文化、芸術、またはスポーツの振興を図る活動

 

士為知己者死 女為説己者容

(士は己を知る者の為に死し、女はよろこぶ者の為にかたちづくる。)

 

中国春秋末期、戦国と呼ばれる時代、最大の諸侯「晋」が有力家臣団の三氏に分裂し、

「韓」「魏」「趙」の三国が誕生した紀元前403年から秦の始皇帝が天下統一を成し遂げる同221年までの182年間を戦国という。弱肉強食。諸子百家の時代であった。

「百家争鳴」「百花斉放」を呈し、諸侯は有能な士を召抱えようとした。そして有能な士は「己を知る者」を求めて諸国を遍歴した。戦国は男の時代、「義」を重んじ、義のために己を平然と投げ出した。

 

187回「赤穂浪士―俳人たちの忠臣蔵」つづき

士は己を知る者の為に死す「義」とは何か。「大義」「忠義」の一点である。武士の一分、武士の忠義の重たさや無念さ、赤穂藩取り潰し、お家断絶、そして赤穂浪士となる武士の意気地など、幕府の政道に対しての不満ややるせなさが仇討に繋がっていく。

 

筆者は大高源吾(子葉)と藤原宗邇(上島鬼貫)が東の芭蕉、西の鬼貫と呼ばれた俳人鬼貫と芭蕉の後江戸の俳諧中心的人物、水間沾徳に師事した子葉の俳人の関係の一夜ではなく、鬼貫も源吾も「義」「武士の一分」を句の奥深く閉じ込めた、そして研ぎ澄まされたものではなく、穏やかな心での対面であったのではないかと勝手に思っている。

水間沾徳に師事した赤穂義士の富森助右衛門正因、大高源吾忠雄、神崎与五郎則休、萱野三平重実は俳号を、春帆、子葉、竹平、涓泉と号した。前号で紹介した「二つの竹」に掲出されている。

かくて、子葉は伊丹を去り、神崎の渡りにでる。

「秋ざれの鍛冶屋を覗く夜道哉」子葉   鍛冶屋(刀鍛冶)を覗くであるが。

「栢ぐるみまつとしきかば四十雀」子葉

年末は「忠臣蔵」の映画、歌舞伎などで盛り上がると云っても高齢者だけかもしれませんが、大義や忠義といってもピンとこない人が多くなっていく中で、これまで日本人の精神的支柱としての四書五経―朱子学―陽明学を理解することは難しいと思います。

 

元禄時代は朱子学の考え方であったことも背景になっていた。

 

大聖寺新田藩もまた

元禄5年(1692年)大聖寺藩の二代藩主前田利明に死去、その後を継いだ三男前田利直は弟利昌に1万石を分与したことから、大聖寺新田藩が立藩した。但し、藩といっても大聖寺藩の収入分から1万石を与えられただけで、独自の藩庁などの行政機関は持っていなかった。宝永6年(1709年)第五代将軍徳川綱吉が死去し、その葬儀が寛永寺にて行はれる。このとき、大和柳本藩主である織田秀親が、朝廷からの使者に対するご馳走役大准后使饗応役を命じられる。同じく、利昌もこの役中宮使饗応役に任じられた。

 

どうも二人は以前より折り合いが悪かったらしい。2月15日、翌日の将軍徳川家宣の参詣行事について書かれた老中の奉書が届けられ際、饗応役はそれを閲覧することになっていたが、織田秀親は利昌に見せようとしなかったらしい。その場で利昌は小刀に手をかけるも、いったん踏みとどまった。が、利昌は2月16日、法会が寛永寺で行はれている時に、寛永寺吉祥院の宿坊で、家老木村久左衛門に秀親を後ろから羽交い絞めにさせた上で、織田秀親を殺害した。

この為、利昌はその身柄を山城淀藩主石川義孝に預けられ、同18日切腹となり、大聖寺新田藩も廃藩となった。藩の成立から18年の短期間であり、政治機構自体が存在していなかったため、新田藩の領地1万石は、幕府に一時没収されたが、後に大聖寺藩に返還されている。

 

大聖寺新田藩主、前田利昌は切腹となる。元禄14年3月14日、江戸城松の廊下で、浅野内匠頭が吉良上野介に斬り、お家断絶、赤穂藩取り潰し、そして赤穂浪士忠臣蔵の遺恨事件と同様の殺傷事件が起こっている。人間の性というか、遺恨や怨嗟はどの時代にもあることの証である。事件前日に、利昌は家臣木村久左衛門に赤穂事件について感想を求めたという。木村は「内匠頭は切らずに刺せば本懐を遂げられた」と返答したという。いずれにせよ、赤穂藩士忠臣蔵が幕府の先例としてあり、この事件の裁断の裏付けとなったのは間違いなさそうだ。無論それ以前からそうした類似事件はあったし、それ以降もなかった訳ではなさそうだ。利昌の切腹と同時に家老木村久左衛門についての記述はないが、おそらく武士の本懐として切腹と相成ったと考えられる。

 

大聖寺藩と僅か18年間の大聖寺新田藩。加賀百万石が生き残っていく為に、徳川幕府に睨まれないように知恵と工夫を駆使いていく様が感じてならない。元禄文化の終焉とこの先長く続いていく徳川の時代、幕末まではまだまだ先のことである。忠義に生きてきた武士の生き方と俳諧のもたらす役割は深いと思っている。

 

蕪村は「新花摘」の中で、其角が書簡中で「義士四十七士」と認めたことを記しており、四十七士に命を帯びた寺坂吉右衛門か自刃した萱野三平かはどうなのだろうかと。

 

子葉の辞世句  「山をぬく力も折れて松の雪」

「山を裂く力も折れて松の雪」 何れもあり

切腹前に少紙に書いた句と云われている

「梅でのむ茶屋もあるべし死出の山」

 

≪参考≫ 伴野 朗著「士は己を知る者の為に死す」より  復本一郎著「俳句忠臣蔵」    Wikipediaより引用する。

 

2017年1月23日

NPO法人 I Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

 

第189回 2017年を迎えて

 

2017年 謹賀新年

 

旧年中は、当「コラム」お読みいただき誠に有難うございます。皆さまから「とても興味深い内容が多い」「歴史散策、郷土史に深く関わり、それを自身の足で探索・研究している」等、お褒めの言葉を戴き光栄に存じます。また、その節にはご協力を賜りました皆様に厚く御礼申し上げます。

本年もよろしくお願い申し上げます。

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米国トランプ新大統領就任が年初の大きなニュースとなります。世界が注目する出来事であり、どうの方向に世界が動いていくのかが予測できないだけに、予断が許せないところであります。既に2016年次期大統領と決まった時から日本経済は円安にふれ、株も20000円に急接近と動き始めています。トランプ大統領となっての政策、経済が世界をプラスに導いていけるのか、また日本にとってマイナスにふれるのか解からない。

2016年は想定に反したことが表面化し、従来と異なる思考や行動になり、短期的な判断は難しいことになっているのではないでしょうか。

 

日本はこの先も人口減に悩まされ、すべてに関わる少子高齢化が様々なところで影響を及ぼし始めています。地方行政も深刻な状況に益々なっていきます。団塊の世代が70歳を迎える2017年でもあります。

 

難しいかじ取りになりそうな年でもありますが、東京五輪、万博、北陸新幹線延伸などこの先10年が少しずつ見え始めてくる年ではないでしょうか。

 

NPO法人I Love加賀ネットも新しい事業や人材育成など積極的に取り組んでいかなければならない課題も多いところではありますが、これまでの着実な実績と新事業を加味し更に充実した年にしたいものだと思っております。

2017年 本年もよろしくご愛顧頂きますよう、お願い申し上げます。

 

 2017年元旦

NPO法人 I Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

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