NPO法人「I Love 加賀ネット」は加賀の発展と心豊かなまちづくりの為に活動する団体です。
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第24回 歴史に学ぶ「柴山潟〝桜〟周回廊計画」

「柴山潟〝桜〟周回廊計画」進行

「 I  Love加賀ネット インターネットラジオ局」

計画準備中

 

壮大な想いは必ず実現する

 

京都・宇治にある黄檗宗万福寺は、1645年(江戸時代)中国福建省から渡来した隠元禅師によって1661年に開山した。

 

鉄眼禅師は隠元禅師から中国で出版した一切経の原本を与えられ一切経出版の生涯の事業に取りかかるために全国、津軽から薩摩まで喜捨の旅に出る。

 

大阪では大洪水、近畿地方では大飢饉と度重なる被害に直面し、その都度民の救済に資金を投げ出した。三度の資金集めの旅でやがて資金も集まりました。それは着手から10年の歳月が流れておりました。初心貫徹、一切経の全六千九百五十六巻の出版を成就した。

 

この一切経は木版印刷が用いられており、版木は六万枚にも及んでいます。材料は版木として最適な吉野山の桜の木を用いています。そして現在の新聞活字に使われている明朝体は、この版木が基になっているといわれています。

 

この歴史には重要なことがあり、数多くのことを学ぶことが出来ます。

 

         ●仏教の百科事典というべき一切経を後世に伝えなければ為らない

           不撓不屈の強い意志が伝わってくることです。

         ●一切経を生涯の事業として喜捨を実行したこと。

         ●二度の災害や飢饉に直面し、その資金で民を救済としたこと。

         ●吉野山の桜を用いたこと(版木6万枚) 拠出した吉野山(当時の管理

           は解らないが)それもまた感動する。全国的に知られるソメイヨシノは、

           現在も吉野の山の桜は満開になっていること。

         ●400年前に為された事業が現在も脈々として継承されていることに

           大きな偉業であります。

 

柴山潟桜周回廊計画を考えた時に、趣意書の中で書き起こしたもので2010年5月のことでした。

様々な問題点などを抱えながらも乗り越えていく強い意志をもって、ようやく、3月18日に第一期植樹を実施することになりました。この事業は5年、10年と継続して行く事業です。

 

新聞記事 

 

 *     *     *

 

中谷宇吉郎 雪の科学館の〝桜

写真:潮津 保氏

(北國写真連盟・常任理事加賀支部長)

 

 

柴山潟~白山の自然を「宝」に、日本の〝心〟サクラを添えた癒し空間を目指し、

 「柴山潟周回」計画は

     環境保全と言う大きなテーマを基に

         加賀の観光、周辺地域の街づくりに貢献できるものと信じてやみません。   

 

2012年1月吉日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第23回 大聖寺と芭蕉 

「柴山潟〝桜〟周回廊計画」

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 十万石文化は今も息づいて

 

大聖寺は、加賀百万石の支藩・大聖寺藩(初代藩主 前田利治)の城下町として栄えきた歴史と伝統文化の息づく街です。茶道、能楽、生け花等の芸事が庶民の間に浸透し、しっとりと落ち着いた雰囲気を漂わせています。

 

江戸時代からの街並みをそのまま残し、錦城山城跡の麓には、禅宗、日蓮宗等の古刹が立ち並び、藩邸後の一部にあたる江沼神社境内にある庭園は、兼六園を模して造成されたと伝えられています。               【大聖寺観光協会ホームページ】より抜粋

 

 

 桜の時期の長流亭

 

 

 

芭蕉『奥の細道』より 全昌寺

 

大聖持の城外 全昌寺という寺に泊まる。猶(なお)加賀の地也。曾良も前の夜此の寺にて

泊まりて残す。       

 「夜もすがら 秋風聞くや うらのやま」 曾良

 

と残す。

一夜の隔、千里に同じ。吾も秋風を聞きて衆寮に臥せば 曙の空近こう、読経声すむままに、鐘板なりて食堂に入る。

けふは越前の国へと、心早卒にして堂下に下る。若き僧ども紙硯を抱えて、階のもとまで追来る。折節庭中の柳散れば

「庭掃きて 出でばや寺に 散る柳」 芭蕉

 

とりあへぬさまして、草鞋ながら書き捨つ。

「奥の細道」の旅の初めから行動を共にしてきた曾良との別れ。曾良はお腹を壊して、伊勢の知り合いのもとに旅立つ。        【長谷川 櫂「奥の細道」を読む】から抜粋

 

 

 大聖寺 全昌寺

 

 

 写真・いずれも「大聖寺観光協会」提供(ホームページより)

 

 

2012年1月27日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

 

 

第22回 大聖寺と加賀文化

「柴山潟〝桜〟周回廊計画」

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大聖寺と I Love加賀ネットに縁あって,菅生石部神社に伝わる幻の謡曲「敷地物狂

  (しきちものぐるい) 」のセミナーに参加すること ができた。

 

 

          小生宅の先祖は、

          大聖寺菅生神社の前の敷地橋詰の所で居を構え、料亭「桂花楼」を

          営んでいた。{明治初期}

          そして、伯父が大正7年に菅生石部神社境内で撮した写真2枚が

          古いアルバムから出てきたのである。

 

            また、小生の祖父は福井で加賀宝生のシテ役として、足羽山

            (福井市)にあった能楽堂で趣味と教養を謳歌していたと言う。

 

            しかし、小生は能楽については無知、興味すら無かった。

 

             今回のセミナーで、面(おもて)の解説からシテ方、能舞台、などなど

                日本文化の象徴を初歩から学べたことは、

                今後の勉強と教養のプラスになったのである。

 

            今後、「敷地物狂」が、大勢の皆さんに披露して 「能」が「謡曲」が

           日本文化、大聖寺発信の加賀文化として発展する為に

            僅かでも勉強と奉仕が出来れば幸いと思うセミナーであった。

                  

                       *事務局コラム第12回に関連記事「敷地物狂」掲載

 

 

菅生石部神社(大正7年)

 

 

 

福井能楽堂(大正4年<1915>に舞台開き)

 

 

◎写真/前列中央が伯父の宮崎 為三氏

上記写真2枚は、筆者大井信夫氏の提供

  

 

福井市加茂河原町 21-18-6

大井信夫(65歳)

<I Love加賀ネット会員>

 

第21回 加賀・橋立と北前船

 「柴山潟〝桜〟周回廊計画」

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   昨年7月13日、中谷宇吉郎直筆の掛け軸「雪は天から送られた手紙である」

   橋立・北前船船主 西出孫左衛門子孫、柳原昌子さん(60)が加賀市に寄贈

   (北國新聞記事記事)。当HP「事業報告コーナー」でも7月15日に紹介しました。 

 

北國新聞 2011(平成23年)7月14日(木曜日) 

 

 

*     *     *

 

「北前船」で活躍した船主でまず挙げなければならない人物は銭屋五兵衛

 

江戸時代後期の加賀の商人、海運業者で金沢・加賀藩の御用商人を務めた。宮腰(金沢)は隆盛の北前船航路の重要な中継港であり、米の売買を中心に商いを広げ、最盛期には千石船20艘以上、全所有船舶200艘を所有し、全国に34店舗の支店を構える豪商であった。

 

河北潟干拓・開発工事を請け負うが状況が一変し投獄され獄死。その上、財産没収・家名断絶とされた。日本開国のわずか2年前でだった。

 

 

高田屋嘉兵衛 

 

淡路島の農民の子として生まれ18歳で兵庫へ出て廻船業者を志し、その後、兵庫の北風家(北風荘右衛門貞幹)の後援で本格的に廻船業に乗り出すことになる。

1801年国後島・択捉島開拓の功により名字帯刀を許される。1806年函館の大火で被災者の救済活動と復興事業を率先して行った。

 

生誕地の兵庫県洲本市五色町に高田屋嘉兵衛翁記念館があり、函館市に函館高田屋嘉兵衛資料館がある。小説 司馬遼太郎「菜の花の沖」2000年にNHKテレビドラマ「菜の花の沖」竹中直人でドラマ化された。

高田屋嘉兵衛を後援した北風家は伝説によれば古代から続く歴史を持つ兵庫県の旧家であった。伊丹の清酒を船で江戸まで回送し、「下り酒」ブームの火付け役が北風彦太郎。北風荘右衛門貞幹は司馬遼太郎の「菜の花の沖』で取り上げられ、無名時代の高田屋嘉兵衛を後援した。また、俳人与謝蕪村の主要なパトロンであったと云う。

 

 

 加賀・橋立北前船 旧酒谷家

 

 

 

写真提供:(社)加賀市観光交流機構  「KAGA旅・まちネット」 

 *     *     *

 

 

北前船と上方

 

上方(大阪)は天下の台所として発展し、「食道楽」の所以となるのは「北前船」によるところが大きな要因であったと思われる。北前船は物流・人流にはいくつかあったが、若狭湾で陸揚げして、琵琶湖を経由して淀川水系で浪速に至るルート。古代から瀬戸内海を経由するものもあった。江戸時代から明治時代に大阪を基地に蝦夷地へ向けて1年1航海の西廻り航路(日本海)の事。

 

東廻り航路は太平洋側を北へ向かう黒潮の流れに逆らってはいかなければならない為、航海が大変だったことも西廻り航路が発展したと言える。明治時代に西洋式帆船が登場すると年に三航海、四航海が可能となり、北前船はその役目を終え、歴史の舞台から姿を消すことになる。

 

「北前船」は6月頃に買い付けを終え7月~8月頃に出帆。蝦夷に行く下り荷は米、塩、砂糖、紙、木綿等で、大阪に行く上り荷は昆布、鰊などの海産物や〆粕などだった。「千石船一航海の利益は千両」下り荷三百両、上り荷七百両と云われた。北前船といえば「ニシン御殿」そして大阪には老舗の昆布屋さん多くある。

 

大阪西淀川に「佃」があり、東京中央区「佃」は摂津国佃村(現在の西淀川区佃)の漁夫33人が徳川家康の関東下降のおり江戸に移り住み佃島と命名した。佃島周辺で取れる海産物を使って作った煮物が「佃煮」だ。大阪の佃と東京の佃島は北前船で切っても切れない関係にある。

「伊丹の酒」を下りものと云ったが、昆布の良質は天下の台所大阪で貴重品化され、それ以外の物を江戸で佃煮になったと言われている。

 

加賀市・橋立には北前船資料館があり、ぜひ足を運んでいただきたい処である。

 

2012年1月20日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

 

第20回 清酒発祥の地「伊丹酒」

「柴山潟〝桜〟周回廊計画」 

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伊丹酒製造元 「大和田屋」の番付

  

知り合いの煙草屋のご主人山口高正さんのルーツは伊丹の清酒製造業「大和田屋」であったと聞き、大変興味を持ちました。江戸積銘酒番付(伊丹武内利兵衛氏所蔵)で堂々と関脇,大関クラスにランクされています。当時使っていたラベルは幾種類もあり、写真はその内の一つです。

 

 

写真提供:豊中市在住 山口高正氏 

 

 

繁栄を誇った伊丹の酒造も、現在大手として残っているのは白雪(小西酒造)です。こうした時代の繁栄は文化をも醸成しました。殊に「西の上嶋鬼貫、東の松尾芭蕉」と言われたほどの俳人です。

上嶋鬼貫は、清酒「三文字」の醸造元 『油屋』 の一族である上嶋宗春の三男として摂津国河辺郡伊丹郷(現在の伊丹市)で生まれた。

 

 

そして、与謝蕪村も深く関っております。元禄文化の開花期のことです。

 

「石山の 石より白し   秋の風」  芭蕉  奥の細道 那谷寺 

「石山の  石の形もや 秋の月」     上嶋鬼貫  禁足之旅記

                        

 那 谷 寺

 

 

 写真提供:(社)加賀市観光交流機構  「KAGA旅・まちネット」  

 

 

伊丹は摂津の国猪名川上流にあり、川沿いの池田・鴻池、武庫川上流の小浜(現在の宝塚)大鹿(伊丹市東部)で、慶長5年伊丹の鴻池善右衛門が室町時代から段仕込みを三段仕込みとして効率的に清酒を大量生産する製法を開発した。

 

伊丹は日本の清酒の発祥の地であります。鴻池家は三和銀行、東京三菱USJ銀行へと商脈は続いていくことになります。

 

伊丹で造られた酒は船で猪名川を下り、大阪湾に出て、菱垣廻船や樽廻船で江戸へ出荷されました。地元で消費されるよりも圧倒的に江戸で出荷する率が高かったようです。大阪池田と並び伊丹の酒は江戸時代初期には確固たる地位を築いていました。「摂津名所図会」には「酒匠家六十余戸あり」と伊丹の栄華の時代を物語るものです。

 

江戸におくられた伊丹の高級な酒は「くだりもの」といわれていました。現代語で使われている「くだらぬもの」という表現はこの「くだりもの」の逆で、「江戸に送らない品質の落ちるもの、下級品」という意味から生まれた言葉だとされています。              

                   

                参考資料 伊丹酒造組合、ウィキペディア(フリー百科事典)

                        

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2012年1月17日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

 

  

 

 

 

 

 

第19回 与謝蕪村のこと

「柴山潟〝桜〟周回廊計画」       

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「春風馬提曲」十八首より 

 

○やぶいりや 浪速を出て 長柄川 

○春風や 堤長うして  家遠し

 

天神橋六丁目(大阪では略称天六)から大川を上ると淀川にぶつかる。その辺りが毛馬町で毛馬の閘門です。蕪村生誕の地です。大川べりに蕪村公園があります。

 

ダウンジャケットを脱ぎたくなるような小春日和、大川縁を歩く。左右の沿岸は大阪造幣局から桜並木が毛馬の閘門まで続き、桜満開の季節には壮観で美しいものです。いまは、桜葉も少なくそれでも確実に春を整然として待っているかのように感じる。そして早春は梅。

 

「源八をわたりて梅のあるじかな」

  「七草や袴の紐の片結び」

 

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″桜〟・雪柳柴山潟白山ベストマッチィング

 ~中谷宇吉郎 雪の科学館より~

 

 

<2007(昭和61年)4月7日 撮影=I  Love加賀ネット>

 

I Love加賀ネットは、柴山潟周回廊計画をスタートさせます。柴山潟の周囲を桜満開にしたいとの想い殊更強い。豊かな自然に恵まれた柴山潟と白山は絶景であります。時間をかけながら着実に実行して行きたいと考えております

当会員以外の方々で、柴山潟桜周回廊計画をお手伝いして下さる方がおられましたら

是非ご参加下さい。

 

2012年1月12日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

                                                                        

 

 

第18回 篠原の合戦

「柴山潟〝桜〟周回廊計画」

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 1月8日(日)NHK大河ドラマ「平 清盛」がスタート

 

「むざんやな 兜の下の きりぎりす」芭蕉

 

北陸自動車道の片山津I.Cを降り、片山津温泉に向かって進みむと右側に 「源平橋」が見えます。この橋を右節折したところに「首洗池」があります。その一帯は源平合戦の場所であり篠原の合戦と呼ばれる地です。

 

首洗いの池 

 

   

松尾芭蕉は奥の細道で「むざんやな 兜の下の きりぎりす」と詠んでいます。

源頼朝、木曽義仲の源氏勢力は平家を追撃して富山県と石川県境、倶梨伽羅峠を越え、そして篠原の合戦更に一の谷、屋島で敗北。長門の壇ノ浦で平家は滅亡。

源義経はその後、頼朝追討を受け皮肉にもその北陸道を北上し、奥州平泉に逃亡する北陸の地安宅の関(現在の小松市、首洗池と隣接する地)で、安宅の関守富樫左右衛門泰家と義経、弁慶の勧進帳はあまりに有名。1183年のことです。

 

 

 

<撮影 I Love加賀ネット>

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平 清盛の福原遷都

 

その3年前1180年6月、栄華を誇る、平 清盛の強い意向で、現在の神戸市兵庫区平野の地に天皇・上皇以下が大挙して訪れ、都造りが計画されますが、途中から反平氏勢力の挙兵が始まり、遷都反対も根強く未完に終わり、約170日後に京都に帰還します。

 

このことを福原遷都と呼んでいます。

 

平 清盛の福原遷都構想は、その南2.5キロの所に古代以来の重要な港湾・大輪田泊があり、この地を足場に中国(宋の時代)との貿易推進の陣頭指揮をとろうとしていました。国際貿易港大輪田泊の国家力による改修「海の都」建設のインフラ整備が真の目的であったといわれています。

 

神戸市兵庫区南部・長田一帯で福原遷都の歴史が息づいているのが神戸港です。

        神戸市兵庫区福原では毎年6月に「福原遷都まつり」を開催しています。

                     

                                                                                                                   

2012年1月10日

NPO法人 I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

                                 

 

 

 

 

第17回 長浜の盆梅展

  「柴山潟〝桜〟周回廊計画」

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 盆梅に魅入られて

 

米原から北陸本線に入り長浜駅から8㌔程の所に尾上温泉がある。5年前に友人達と旅した。尾上温泉は国道8号線から琵琶湖に面した所にある。湖東の夕陽を露天風呂に入りながら眺めるのは至福でありました。翌日長浜に出かけ、盆梅展を鑑賞し、その重厚な盆梅に感服したものです。

 

昨年も長浜に旅しました。長浜城歴史博物館⇒長浜鉄道スクエア⇒慶雲館の盆梅展⇒郷土資料観⇒黒塀ガラス館⇒曳山博物館、秀吉の肝いりで造られた街長浜は歴史と伝統の街であることを十二分に感じさせる観光の街であります。回遊バスも不便を感じさせることなく乗ることも出来ましたし、長浜駅を中心として徒歩圏内にあることも観光スポットとしては有利な条件の一つではないかと思います。

 

山中温泉、山代温泉、片山津温泉、粟津温泉を基軸とした「レディー・カガ」。

 

思うことはオール「レディーKAGA」でなければならないと思います。そこに文化財や歴史館があるというだけでは観光の集約にはならないからです。基盤要素と新規の事業展開を実にこまめに繰り返しやらなければ集客はできません。

 

オール加賀の意識の集約こそ課題ではないかと思われます。

 

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             【第61回長浜盆梅展/開催 2012年1月20日~3月11日】 

                         *写真は2010年 長浜盆栽展会場で筆者撮影

 

 桂米朝師匠の俳句集の中に盆梅展の俳句がありました。

                                          桂 米朝俳句集より

                                                  「巨石盆梅長浜城下晴れ渡る」

                                                  「老梅の巌如くありにけり」  

                                                  「鴨鍋を少し残せし恨みかな」                                    

                                  1986 年 (昭和61年) 3月 近江長浜旅行

 

 

2012年1月6日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

第16回 年の暮れと正月

  「柴山潟〝桜〟周回廊計画」

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暮れの30日に友人宅で餅つき大会があり、孫と一緒に参加をしました

 

例年、一石の餅をつくようです。一石と言えば10斗、100升、1000合で成人の一年間の米の消費になります。朝8時半から始めて午後4時まで石臼と杵で参加者全員がつきます。町内会の老若男女が参加する、友人宅の年の暮れ友人宅の大イベントであり風物詩にもなっています。

 

日本各地の伝統,文化,風俗が異なるように、夫々の家庭に伝わる年の暮れから正月の過ごし方も異なります。それぞれの家庭で受け継がれてきた雑煮の作り方も千差万別です。東京は焼いた角餅、小松菜、鶏肉、三つ葉、ゆず、海苔、鰹節と昆布出汁をとり、醤油で味付け。京都は丸餅や里芋、大根の等が入り西京味噌と鰹節。関東は醤油、関西は味噌風味のようです。

 

こうした全国の雑煮のレシピの紹介もあるくらいですから楽しいものです。

 

それぞれ異なった地方の方が結婚し、正月の雑煮の主張は譲らないかもしれません。因みに我が家では、鰹節・昆布出汁と醤油ベースにしたもので、丸餅に上に鰹節を乗せるだけの至ってシンプルなものです。母から教わった雑煮を妻は受け継いでくれています。

 

皆様のご家庭の雑煮はどのようなものでしょうか。

 

 

   

                                                                                                                                                

2012年01月03日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長   東川 敏夫

                                                                          

 

2012 元旦 謹賀新年

 

あけましておめでとうございます。

本年も、何卒よろしくお願いいたします。

 

 

2012.1.1. 

I Love加賀ネット

事務局長  東川 敏夫

 

 

 

 

 




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