NPO法人「I Love 加賀ネット」は加賀の発展と心豊かなまちづくりの為に活動する団体です。
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「I Love加賀ネット」ブログ随時更新中です。

第42回 俳人・長谷川歌川(かせん)女

 

 

産経新聞コラムに長辻象平氏が紹介した句は「奥底のしれぬ寒さや海の音」

                                                    歌川女

 

この句を骨の髄まで凍てつくような冬の海辺の暗い寒さが17音に凝縮され、かつ広がっていると評している。

 

 

写真 /荒れ狂う日本海 尼御前から写す (3月25日・石川県加賀市)

 

 

「奥底のしれぬ寒さや海の音」

 

 

長谷川歌川女は江戸中期の三国湊、妓楼・豊田屋の遊女で、本名は吟という。歌川女に惹きづられように興味がわき始め、福井県坂井市三国まで出かけることにしました。

坂井市観光課から郷土資料館「みくに龍翔館(坂井市教育委員会 文化課)」を紹介された。龍翔館を訪れました。角 明浩学芸員に三国の女流俳人、長谷川歌川女について聞かせて頂きました。資料としては少なく、歌川女の句としての出典40句であろうということでした。

歌川の流れをくむ俳誌「秋」同人大森杏雨さんのことを聞かせて頂きました。

 

写真/ みくに龍翔館 (福井県坂井市)

 

三国・女流俳人歌川~その伝説の虚と実~の中で金子兜太現代俳句協会会長と大森杏雨(三国・俳誌「秋」同人。歌川研究家)対談集の中では正確には40句と述べられています。

 

「容色ありて、心ばえうるわしく、香、茶、花、手跡ともに志といえども、

もともと性俳諧を好めり」。

 

吉原の花魁と同様に恐らく花魁であり、品位、学識も詩文にも才能があったのだろうと推察できます。
当時は北前船で栄華を誇った三国湊。貿易、経済、文化そして俳諧の人材が集まってきた三国湊。厳寒の日本海。荒れ狂う海。栄華と刹那さを感じます。
今でも歴史が湊三国を感じさせる街並みでありました。

 

「寄る波の一夜とまりや薄氷」

 

写真/ 歌川の菩提寺「永正寺」墓碑 (福井県坂井市三国町)

 

 

 

2012年3月30日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

第41回 「桜」植樹祭

 

 

春の嵐の中で柴山潟桜周回廊第一期植樹式が行われた。

 

【北國新聞】2012(平成24年)3月26日掲載記事

 

 

気象庁の予想通り早朝は春雷と雪が降り始め、中止も止むなしの悪天候でしたが、植樹式開催の時刻が近づくと幸運にも陽射しが差し始める。しかし、また極寒の気温と横殴りの霙交じりの中で植樹式を挙行しなければなりませんでした。その後、桜苗木募集のオーナーが選択した場所に、桜苗木の植樹を行いました。第一回植樹は「あの日は寒かったなあ」と却って忘れられない日になりました。「雪降って桜満開となる。」を夢見てのスタートでした。

 

老人会から子供たちに夢をつなぐ桜植樹

 

 

 

 

 

………………………………………….

井南健太郎さんの長男「葉瑠」君が3月15日に誕生し、誕生記念にと今回応募されました。片山津八千代会、片山津温泉喜寿会、潮津町長生会の各老人クラブからの賛同と植樹もあり、まさにゼロ歳から高齢者までの幅広いご支持を頂きました。幼児から小学生の子供たちも10数名植樹に参加し、大きな「絆」になったと思います。子供たちの10年、20年と青年期に達した時に「この子たちに夢を託した」この事が理解できるのではないかと思っています。

 

「私ら、そのころは生きておらんけどな。」「いいや、車椅子からでも満開はみれまっせ。」と老人会の皆さんの微笑ましい会話がありました。

 

 

白山と柴山潟と桜を日本の名所に

「白山と柴山潟と桜」は自然が織りなす日本随一の名所となりうる「宝」です。

~白山連峰を望む~

                           【遊歩道】  ↑ ↓

~動橋川(右側)に沿って柴山潟へ~

 

 

 

自然の変化ではなく、人工的な建設をしない限り永遠にこの姿で私たちを癒してくれるはずです。柴山潟周辺の町の皆様や加賀市、石川県、国の協力が今後大きな後押しとなることを期待したいものです。行政と市民の皆様の一体となった取り組みこそ「街づくり」の基本です。柴山潟桜周回廊計画を足掛かりとして加賀市全体が桜で満開になる夢を描きながら次のステップに取り組んでいきたいと考えています。

 

 

2012年3月27日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

第40回 「宝もの」

「柴山潟周回廊計画」3月25日<日>午前10時「植樹式」

<小雨決行>

 

市民のお宝は白山と柴山潟とそして「桜」

 

3月20日夜、TV東京、TV大阪で「なんでも鑑定団in片山津」が放映された。片山津温泉の歴史から愛染寺など紹介された。

恐縮でありますが、長兄が登場しております。「こんなお宝があったのかと」苦笑致しました。(同番組ブログでアップされておりますのでご覧ください。)北陸地方は4月1日(日)放映予定です。

 

自然環境こそが重要な「宝」

 

この収録の2月26日当日、『ラムサール条約』~柴山潟流域環境フォーラム~が片山津で開催された。(※詳細は「当会」ホームページの活動報告、事業報告をご覧ください)。

柴山潟の水質向上や環境保全。柴山潟一帯に「水鳥」が憩う、自然環境を整えて「ラムサール条約への登録を目指したい」これは基本理念です。

白山と柴山潟がもたらす環境は市民にとって「お宝」であります。そして共通認識としてもっている「宝」なのです。

 

「柴山潟周回廊プロジェクト」のスタート

3月25日(日)柴山潟桜周回廊プロジェクト第一期植樹式を行います。

 

「桜」「ユキヤナギ」が同時に見れる景観スポット<中谷宇吉郎 雪の科学館庭園>

 

 

「柴山潟周辺を桜で満開にしたい」の声を多くの方々から聞きました。「白山と柴山潟に桜周回廊がある街にしたい」この想いこそが共通の「大きな宝」なのです。NPO法人I Love加賀ネットの理念や指針に合致したものです。

そしてこれを実現するためにNPO法人I Love加賀ネットは5年、10年と長期のプロジェクトとして取り組んでいきます。

今回の募集には多くの方からのご支援や、暖かいご声援を頂きました。また、地権者方々のご理解やご協力がなければ実現できませんでした。力強い後押しともなりました。

 

感謝と御礼を申し上げます。

「熱い想いが」何事も実現する。

 

誰かがやるではなく、自らがやるの「強い信念」「熱い想い」が夢の実現に繋がる。

広がる夢を皆さんと持ち続けていきたいものです。

 

 

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(柴山潟〝桜〟周回廊 第一植樹地(遊歩道左側一帯)✿

(右側は動橋川/画面前方に柴山潟)

~25日、第一植樹地のこの場所と遊歩道で繋がる第三植樹地に、

苗木オーナーの方々によって50本植樹されます~

 

 

2012年3月23日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

 

第39回 馬の話

 「柴山潟周回廊計画」3月25日<日>午前10時「植樹式」

 

 

71歳の法華津(ほけつ) 寛選手が馬場馬術で最年長五輪出場記録更新。

馬の話をします。

 

71歳の法華津 寛選手がロンドンオリンピック出場を決めました。08年の北京五輪で日本人最年長五輪出場記録(67歳)を更新しました。

馬場馬術は20×60㍍の馬場内で、規定時間内に3種の歩き方、常歩(なみあし)遠歩(はやあし)駆歩(かけあし)を馬に演じさせる。停止、後退、直進、円形の順に馬を操り、馬の調教レベルや騎手の技量を競うものです。
北京五輪を共に戦った15歳の牝馬ウィスパー号は競技馬としては成熟期であり期待が持てるようです。ですから馬齢的にもウィスパー号が「人馬一体」となり意思の疎通が出来るようになるようです。

 

人馬一体は難しい。

 

スピードが求められるのは競走馬です。各レースには誘導馬が先導してきますが、引退間もない馬だと競争心が出てしまうようです。誘導馬も競技馬同様に調教によってでしょうが馬齢をとらないといけないようです。

馬を制御するのは難しいようで、18日の阪神大賞典のレースで三冠馬・6連勝中の単勝1.1倍のオルフェーブルが、騎手の制御がきかず失速。流石に強い馬でそれから盛り返して2着にきました。乗りなれた主戦騎手も抑えることが出来ずに、馬と騎手の気持ちと息がぴったり合う人馬一体とは難しいものです。

 

映画「シービスケット物語」と「戦火の馬」

 

シービスケットは米国競馬名誉の殿堂博物館に殿堂馬入りをした名馬です。サンタニタパーク競馬場にその栄誉を称える実物大の像が立っております。2003年に映画化された「シービスケット物語」は日本でも公開されました。日本の高等学校外国語学科用教科書として用いられた例もあります。

英国の作家、マイケル・モスパーゴの児童文学「戦火の馬」をスティーブン・スピルバーグ監督が映画として公開されています。
この「戦火の馬」で名演技をしている馬がファンダースキー(13歳牡)です。
「シービスケット物語」ではシービスケット役。「戦火の馬」ジョーイ役を演じる名俳優です。

(朝日新聞コラム 文:有吉正徳より参考)

 

戦争と人と馬の歴史は第二次大戦まで続いています。

 

「チンギスハーン蒙古大帝国」、人と馬の歴史は深いものがあります。幻の汗血馬(汗が血となって流れ一日千里を走ると云われる)は有名ですが、現在もモンゴルでは馬との生活はモンゴルの人々に溶け込んでいます。

 

司馬遼太郎著『坂の上の雲』正岡子規、秋山好古、真之兄弟。兄の好古の騎馬隊はつとに有名です。NHKスペシャルドラマでも紹介されました。

 

戦争には何十万頭もの馬が犠牲になりました。人が馬も戦争に参戦させたという残酷さを要求した歴史でもあったと云えます。

 

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4月8日(日)は阪神競馬場桜満開の中で3歳牝馬G桜花賞」が開催されます

 

  阪神競馬場 

 

 

                              

                             パドック 

 

                           紅梅が満開

 

 

2012年3月20日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

  

 

第38回 師弟に思う

「柴山潟周回廊計画」3月25日<日>午前10時「植樹式」

 

 

産経新聞 話の肖像画 作家五木寛之「親鸞と現代」インタビュー記事の中で、長編小説「親鸞 激動編」で生涯の師となる浄土宗開祖法然の教えを吸収しながらも、それを乗り越えようともがく親鸞。そして現代に繋がる「下山の思想」へと内容は深いものがあります。
 

能・狂言、歌舞伎、落語、書道、華道、茶道、陶芸などすべての伝統工芸や芸術には師弟関係が存在する。そして師匠を超えていかなければその世界では名を残すことはできない。

 

松尾芭蕉の蕉門十哲の中の一人に立花北史が入っている。そして支考は加賀の千代女の師匠である。立花北史は加賀小松に生まれ、のち金沢に住み兄の牧童と共に刀剣の研師であった。奥の細道で金沢を訪れた芭蕉に入門。越前松岡まで同行した。

 

芭蕉の教えを記録した「山中問答」がある。加賀の千代女と越前三国湊の長谷川歌川女と交流があった。(立花北史、加賀千代女、長谷川歌川女については別の機会に書く予定です。)芭蕉を師として、蕪村、一茶の存在感が更に大きくなっている。

 

俳句結社誌「古志」主宰の長谷川 櫂さんは、俳句を始めるにあたって一番大事なことは師を選ぶことであると述べている。長谷川櫂さんは飴山 實を師として習うこととした。

飴山實=昭和元年、石川県小松市生まれ。京都大学で発酵醸造学を専攻。小松の家業が醤油醸造家。山口大学教授「酢」の世界的権威として知られている。微生物学と俳句の世界の繋がりである。

寺田寅彦、中谷宇吉郎共に科学者でありそして随筆家であったことを考えれば、飴山實が俳人であることは何ら不思議なことではない。

 

 

「よもすがら 田村をさらふ 桜守」 飴山 實

 

「天地を わが宿として 桜かな」 長谷川 櫂

 

 

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小松市に関係ある人物が登場しましたが、どうしても気になるのは、メジャーリーグの松井秀喜が何処の球団に決まるかヤキモキしている

 

 

2012年3月16日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

 

第37回 「鉄の女の涙」≪マーガレット・サッチャー≫

「柴山潟周回廊計画」3月25日<日>午前10時「植樹式」

 

 

「candy ass! (臆病者!)」

 

映画「鉄の女の涙」元英国第71代首相マーガレット・サッチャーのフォークランド紛争の緊迫した開戦の閣僚会議でのセリフです。
米国のアカデミー賞女優メリル・ストリープさんがマーガレット・サッチャー元首相を演じています。試写を見た方の評論では「演じると云うよりサッチャー首相そのままだった。」と高い評価をしています。インターネットでは予告篇CMを流していますが、印象的なのはその「candy ass! 臆病者」のセリフです。

 

サッチャー語録から見ると、(フォークランド紛争開戦に反対する閣僚たちに向かって)

「この内閣には、男は一人しかいないのですか!」の語録として挙げられています。

 

(人命に代えてでも我が英国領土を守らなければならない。なぜなら国際法が力の行使に打ち勝たなければならない。「領土とは国家そのものであり、その国家なくしては、国民の生命・財産の存在する根拠が失われる。」)
映画の脚本としては「臆病な男たちが云えないことを誰かが云わなければなりません。」を「candy ass臆病者!」としたセリフの方が迫力はあると思います。

現在86歳の貴族議員サッチャーさんは認知症を患っていると、娘キャロル・サッチャーさんが告白しています。こうしたことが背景となった映画です。

 

更に印象的なセリフは、「考えるのよ!考えたら、行動するのよ!強い信念を持って」

映画「鉄の女の涙」は3月16日全国公開します。

 

 

*        *         *

 

 

3月25日(日)午前10:00 柴山潟周回廊計画第1期植樹祭を挙行します。

NPO法人I Love加賀ネットのリーダーシップで、

柴山潟を桜で満開にする夢の実現に向けて第一歩を踏み出します。

 

中谷宇吉郎 雪の科学館より柴山潟~白山を望む

                                <前方中央位置が植樹地>  ●昨年4.14撮影

 

 

柴山潟遊歩道に沿う「桜」植樹地  

今冬の桜植樹地 ●2.11撮影

   

 ●遊歩道左側個所…前方が柴山潟      ●遊歩道右側個所…前方が白山 

     、

 

2012年3月13日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

 

 

 

 

 

第36回 「北大路魯山人」と「正岡子規」

 「柴山潟周回廊計画」3月25日<日>10:00植樹祭

 

 

魯山人愚居跡いろは草庵(山代温泉)と大阪星岡茶寮(豊中・曽根)のこと

 

 

阪急宝塚線「曽根」駅前は、ミニライブなどが出来るゆとりのあるスペースを確保している。スーパーダイエー、スポーツジム、などの建物がある。

その地が昭和20年(1945年)豊中空襲で灰燼に帰した「大阪星岡茶寮」の跡地です。

 

昭和10年に東京で成功した「星岡茶寮」を大阪にも開くことになり、曽根にあった志方勢七の邸宅・衆楽園を改築して「大阪星岡茶寮」を開設した。

魯山人が解雇された星岡騒動(昭和11年)以降、空襲で焼失するまで続いた。

「東の曽根、西の芦屋」といわれ、豪邸があった町です。

 

現在の曽根はそんな面影はありませんが、それでもいまだに吃驚するような邸宅を目にすることがあります。

 

 

魯山人は書、篆刻、絵画、陶芸、料理を極めた20世紀の芸術家であります。

 

 

「山代温泉の魯山人」、「豊中・曽根の魯山人」は、その土地に足跡を残した偉人であります ~【山代温泉の魯山人」は、当会リンク集、加賀市総合サービス㈱のHP 魯山人愚居跡いろは草庵をご覧ください。魯山人寓居跡いろは草庵 】~

 

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魯山人が大阪星岡茶寮準備の為に一時滞在した所は、跡地から10分位にある東光院「萩の寺」です。自作の陶器の観音像が現在も寺宝として残っています。

 

東光院「萩の寺」と正岡子規の関係も深い。

 

「ほろほろと 石にこぼれぬ 萩の露」 子規

高浜虚子は 「おもひおもひに座りこそすれ 萩の縁」

 

子規の絶句

 

「糸瓜咲きて 痰のつまりし仏かな」

 

9月19日子規忌ヘチマ供養は、萩の寺伝統の風物詩です。

 

 

 

  

【写真】 東光院 萩の寺

                               

  

  【写真】 大阪星岡茶寮の外壁

 

[写真】 大阪星岡茶寮があった場所(阪急宝塚線「曽根」駅前)

 

【参考資料 】 豊中市史誌 広報とよなか/魯山人いろは草庵(加賀市総合サービス㈱HP)
 

2012年3月9日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

第35回 若狭の「お水送り」

「柴山潟周回廊計画」3月25日10:00植樹祭

 

 

「お水送り」と「お水取り」

 

 

愛犬の散歩道に小さな溜池がある。鴨が20羽ほど群れて、鷺がスーッと杭の上に立っている。マンションの庭には紅梅が咲き揃い、春告鳥(鶯)が木々を渡り歩いている。三寒四温の繰り返しの中に、確実に春が近づいてきた。

 

3月2日、福井県若狭・小浜の「鵜の瀬」で、【お水送り】の行事が行われた。その水は、奈良東大寺二月堂「若狭井」に十日かかって届くとされています。

 

752年インドの渡来僧・実忠が東大寺二月堂を建立し、修二会を開いて全国の神々を招きました。ところが、遠敷明神が漁に夢中になり時を忘れて遅刻をしました。そのお詫びに本尊に供える「お香水」を若狭から送る約束し、二月堂の下の岩を叩くときれいな水が湧き出したと伝えられた。この湧水を「若狭井」と命名された。若狭・神宮寺(天台宗)から、奈良二月堂へお水送りを行う寺院です。

 

 

3月12日東大寺二月堂の【お水取り】は春を告げる伝統行事です。

 

 

若狭井から送られた「お水送り」10日後に届き、3月12日「お水取りが」毎年この日に行われる。お水取りが終わると春が来ると関西では言われています。

 

 

「鵜の瀬の水」は環境庁より、名水百選に認定されています。

 

 

                 春告鳥(鶯)と春    

       鶯の笠おとしたる椿かな 芭蕉

 

*              *              * 

 

 

福井県小浜市・神宮寺の送水神事 (3月2日)

 

 

【写真提供:福井県小浜市役所】 

 

 

 

2012年3月6日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

第34回 北斎展

「柴山潟周回廊計画」3月25日<日>午前10時「植樹式」

 

 

 「美」 の探求

 

ルーブル美術館の「ミロのビーナス展」を京都市美術館で観たのは、1964年
(昭和39年)のことでした。

 

片山津中学校時代、美術担任の石田先生の引率で京都へ向いました。当時中学3年生でした。動橋駅からの夜行列車でした。京都につくまで興奮して眠れなかったことを思い出します。

「ミロのビーナス」が海外に渡ったのは、1964年4~6月東京の国立西洋美術館と京都市立美術館の特別展だけです。

 

今思えば京都までの費用を出してくれた両親に感謝しなければならない。

 

北京友好正常化40周年 東京国立博物館140周年・特別展「北京故宮博物院200選」が今年、1月2日~2月19日まで開催された。エジプト考古学博物館所蔵の「ツタンカーメン展」が大阪・天保山で3月17日~6月3日まで天保山特別ギャラリーで開催される。

 

日本の美術館の設備、環境、日本人の芸術観や造詣の深さ、資質などからみれば、

至極当然のように思える。

 

 

台北・故宮博物院の日本開催が2013年か2014年には開催される見通しのようです。台北の故宮博物院には4度訪れている。
1949年に中国国民党の蒋介石総統が、米国第七艦隊に積んで台北に移送したと言われている。伴野 朗著「消えた中国の秘宝 三つ目の故宮博物院」やその他著書でふれている。
伴野 朗(元朝日新聞上海支局)1976年江戸川乱歩賞を受賞。上海、北京、台湾など東南アジアを舞台としたミステリー小説は実に面白い。2004年死去。

 

 

 *               *               *

 

 

京都文化博物館で「北斎展」が開催された。

 

 

江戸時代の浮世絵師、葛飾北斎(1760~1849)の名作170点を「ホノルル美術館所蔵 北斎展」は一昨年生誕250周年記念企画で米国・ホノルル美術館が所蔵する北斎の優品500点の中から厳選。「富嶽(ふがく)三十六景」「地方測量の図」の作品を展示している。

 

冬と春のせめぎあいの中、奈良東大寺二月堂・お水取りが終わると春が来る。
春の陽気に誘われながら「北斎展」と京都を楽しみたいと思っている。

 

 

 

 

 

2012年3月2日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 




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