NPO法人「I Love 加賀ネット」は加賀の発展と心豊かなまちづくりの為に活動する団体です。
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第75回 ウナギとトラフグ

 自然環境の保全を図る活動 I  Love加賀ネット<定款より>

 

「加賀・柴山潟に巨大ウナギ、最大1キロ、食べられるのは1軒」 

 

=7月27日付け北國新聞の記事の見出し=

27日は土用の丑の日。今年は全国的にウナ=品薄で価格が高騰する中、加賀市の柴山潟には大きなウナギがいると聞いた。体長は60センチ前後で、中には1キロを超える大物もいるという。漁は7月下旬から8月初旬にかけ最盛期を迎える。(後略)

 

鰻といえば、柳川なべ、うなぎのせいろむしなどで有名な福岡県柳川市では10数軒の店が各店秘伝の焼き方や蒸し方、味付けで腕を競っているという。柴山潟では、加賀市柴山町に1軒あるだけのようだ。

 

インターネットが鰻屋にも及ぶ

 

全国的に品不足のウナギは、価格も高騰し、ウナギ専門店では値上げをしても追いつかない状況のようです。東京・兜町、大阪・北浜は証券取引所があり、鰻専門店が結構あったようだが、証券業界の衰退もあり、証券業界人口も減り、且つインターネットでの株取引などが活発化し、顧客が証券取引所に出向くことも少なくなり、インターネットによる売買が中心になって、お客が鰻屋に足を運ぶことも少なくなり、廃業に追い込まれる。この辺りもインターネット産業革命の煽りとも言えなくはない。

 

ウナギの完全養殖は難しいようだ。

 

日本の食文化を代表するウナギの安定供給は、国内研究者にとつて永年の悲願であるようだ。独立行政法人水産総合研究センターは、平成22年、人工授精で孵化したウナギから取り出した精子と卵子で、人工孵化に成功した。「非常に少数の稚魚を丁寧に育てている状態」で、課題はコスト高と大量養殖技術ようだ。(産経新聞2012.1.29記事より抜粋)

 

 

 *         *         *

 

 

柴山潟でウナギの養殖ができないのだろうか。研究開発を検討しては如何だろうか。

 

      ドジョウやウナギや鮒、鮠、鯰など、その他生息する魚類を護ることは、

      柴山潟がラムサール条約登録にとって重要なことであります。      

      片野鴨池は休息の場所、柴山潟は餌場としての役割を担っている

      こうした背景を考えても自然環境を保護するとともに、ウナギ養殖にも

      貢献することはできないだろうかと考える。

 

 温泉トラフグの養殖

栃木県那須那珂川町の廃校になった小学校を利用して、温泉トラフグを養殖して成功している。低塩分環境水は、生理食塩水に近似し、退役浸透圧調整の為のエネルギーが少なくて済むため重量比で海産よりも8%早く目標重量に達する。1年で出荷サイズに成長できる。

 

片山津温泉の塩分を含んだ温泉に適しているのはトラフグのようだ。

 

 

「鯰得て 帰る田植えの 男かな」蕪村

 

 

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~中谷宇吉郎雪の科学館(写真左・右)と、源平橋(写真中)から見る柴山潟~

 

                                                               

    ○左)柴山町方面         ○中)白山連峰       ○)片山津温泉方面

        

                   【撮影/いづれも I Love加賀ネット】

 

 

 

 

2012年7月31日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

 

第74回 夏・朝顔

つなげる――「柴山潟桜周回廊プロジェクト」―― つながる

 

 

「朝顔や一輪深き淵のいろ」 蕪村

 

  

蕪村の秀逸の句であると思っています。

 

俳人、長谷川 櫂著「俳句的生活」の中で、千利休はある年、自分の屋敷の庭に朝顔の花をたくさん咲かせた。その噂を聞いた太閤豊臣秀吉は朝顔の花見がてら利休の屋敷で茶の湯を開かせることにした。

 

翌朝、秀吉は利休を訪ねたところ、蔓がからんではいるが、花が一輪もない。

 

憮然として秀吉は茶室に入った。利休が一礼をして手前を始める。ふと、秀吉が床の間を見やると、先ほど入ってきた時はただ闇とばかり思っていた床の間の土塀に竹の花入れが掛けてあり、その口から一筋の蔓の中に今咲いたばかりの藍色の朝顔が一輪浮かび上がっている。

 

 

        

          蕪村の墓                   京都・金福寺「芭蕉庵」

 

 

 

加賀の千代女

「朝がおや 地にさくことを あぶなかり」

「あさがおに つるべとられて もらい水」

 

 

 

長谷川歌川女

「朝顔や 有明の月を しけれど」

  「さそい水 あらばあらばと 蛍かな」

 「たたいても 心のしれぬ 西瓜哉」

「涼風や 足音なしに 蚊屋の裾」

「人の気も 動かぬ昼の 蝉の声」

 

長谷川歌川女の夏の世界。日本海の厳冬の荒波、歌川女の心の疼きも凄いが、夏の表情も実に艶やかさが感じられる。   

 

 

   

 

 

 

「涼風や 足音なしに 蚊屋の裾」

何んという色香と、清楚さが感じられるようではありませんか。

夏を涼しく過ごすために、自然とのふれあいが大切ではないでしょうか。

昭和の時代を過ごした世代にとっては、朝顔や団扇、扇子、簾、風鈴、西瓜、瓜、海水浴、蚊取り線香などに夏を感じるのではないでしょうか。

 

感性とは体験の中に存在する。花も木々も風も水も鳥も昆虫も

日本人の四季を感じさせてくれます。

 

 

 

2012年7月27日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

 

第73回 ビールと枝豆と源氏物語

つなげる――「柴山潟桜周回廊プロジェクト」―― つながる

 

 

「心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕顔の花」

 

 

○紫式部 『源 氏 物 語』

 

三位中将の娘で、頭中将の側室の立場であったが、その後市井にまぎれて暮らしている。若い光源氏の愛人となるも、互いに素性を明かさぬまま、幼い娘を残して若死にする。佳人薄命。光源氏は彼女にのめり込み、死後も面影を追う。「常夏(なでしこの古名)の女」とも呼ばれていた。

 

○紫式部 『小倉百人一首』

 

「めぐりあひて 見しやそれともわかぬまに 雲がくれにし 夜半の月かな」

 

              

夕  顔  (7月21日 筆者撮影)  

   

               

                                                                    

  紫式部別邸 蘆山寺     (6月27日撮影)

   

 

 「枝豆のから捨てに出る月夜かな」 正岡子規

 

その描写は実にストレートな句であります。とはいえ、心地よい酔いが気分をハイテンションにしているように思う。ビールか酒が切れてしまったのか、枝豆がなくなってしまい、からだけが笊か器にうずたかくなって、さあもう一度飲み直しの気持ちでいたのだろうか。

 

 

*     *     * 

 

女子サッカー なでしこジャパンを応援しょう。

 

2012年7月27日から、第30回ロンドン・五輪が開催される。先行して女子サッカーが

7月25日に初戦カナダ戦、28日にスウェーデン、31日に南アフリカと対戦する。

 

金メダルを目指せ!なでしこジャパン!

   

 

【写真】 I NAC神戸レオネッサ×アルビレックス新潟レディース戦

      <2011.10.01 福井県坂井市三国町 テクノポート福井スタジアム> 

   ◆I NAC神戸レオネッサ      ―川澄.大野.澤.海掘.近賀.田中.高瀬

       ◆アルビレックス新潟レディース  ―上尾野辺 選手らが活躍

 

   

(撮影/I Love加賀ネット)

 

 

 

2012年7月24日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

第72回 沈みゆく日本海

 

 

浸食が著しい羽咋市の千里浜海岸。千里浜の浸食スピードは年に1メートルとされている。

 

 

■千里浜のちびっこ駅伝中止 浸食で砂浜狭く (共に北國新聞記事より)

羽咋市から宝達志水町にかけての千里浜なぎさドライブウェイで開かれる予定だった千里浜ちびっこ駅伝は、波が走路まで押し寄せたため中止となった。大会実行委員長は「ちょっと海が荒れただけで通行が制限されるほど砂浜は狭くなっている」と中止を残念がっていた。  

 

 

片野海水浴場(2012年3月/筆者撮影)

 

 

加賀市橋立海水浴場、片野海水浴場から越前松島、東尋坊向かう中間に、波松という地域があります。小学生の頃、兄達は中学生の頃(昭和30年代)、墓参りに両親の故郷、福井県・波松に毎年行きました。大聖寺川を挟み、吉崎と石川県と福井県の県境になる。現在のあわら市である。北潟までバスで行き一山を歩いて越えるか、芦原温泉からバスで行く。

 

バスから見ると、そこに日本海が窓越し一杯に広がって見えた。

 

叔父の家から、すぐそこに海岸に降りていく細い道があり、砂浜まで行くと浜昼顔が咲いていた。葉は固く、根は強く張っていた。朝顔のように優しくはないが、夏の日差しに負けない小さくても力強さを感じていた。

砂浜は100メートル位あったように思う。「熱ちぃ、ちぃ」と言いながら海辺まで走ったものです。海水浴場などではありませんから、長い砂浜と大きな日本海と強い日差し。そして誰もいない海辺での海水浴でした。2,3㍍も沖に進むと一気に深くなり、ゆっくりと大きな波が繰り返しやってきます。叔父さんと兄達は舟で沖合に行き網で魚を獲ったりしていましたが、小学生では手を煩わせるばかりで、舟に乗せる資格がなかったようです。羨ましく思っていました。

 

 

 

                   ハイビスカス

 

 

   曽根廣雄著『大自然の懐に抱かれて』 P131―泳げなかった友―

 

書かれている橋立海水浴場のことや、小学生、中学生の頃の海や山との接し方、夏休みの過ごし方は全く同じで、自然に子供たちが体験として身につけていったものです。こうした思い出を共有できる世代はいつの頃までなのでしょうか。セピア色の懐かしい想い出であります。

 

               「かぶと虫 帽子に入れて 走る子らは」 (敏)

               「駄菓子屋へ 孫と揃いの 夏帽子」 (敏)

 

 

伊丹・昆虫館(カブトムシ標本)

 

 

変わりゆく自然

昭和50年から60年代にかけて訪れた時には、既に砂浜が狭くなって見た目に半分位になっていた記憶があります。その後訪れてはいないのでわかりませんが、砂浜はおそらくもっと浸食されているかもしれません。子供のころに感じたことと、大人の目の感じ方は違いがあるとはいえ、千里浜の浸食スピードが1年で1メートルとするなら、同じ日本海ですから、50メートルは短くなっていても不思議ではありません。自然の変化がもたらす恐怖はこの辺りにもあるように思います。地形をも変えてしまう海の力。そう考えると東北大震災の津波は如何に凄まじかったかと。

 

人間と自然が共生していくにはどうすればいいのか、またどう対応していけば自然が守れるのかは永遠の課題なのかもしれません。日の出とともに蝉の鳴き声が一斉に聞こえてくるはずなのに、今年は寂しく鳴いている。大雨とともに流されて、蝉の激減状態なのかもしれない。

 

「天と地に鎮魂を問う蝉の声」 (敏)

 

 

2012年7月20日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

 

第71回 今年は暑い夏

 つなげる――「柴山潟桜周回廊プロジェクト」―― つながる

 

 

土用の入りにあんころ餅を食べる。

 

7月16日は海の日(祝日)、そして19日は土用。

関西や北陸では夏の土用の入りの日に、あんころ餅を食べる風習があり、別名「土用餅」と呼ばれている。鰻を食べると同様に、土用餅を食べて精をつけ、夏の暑さを乗り切るためとされている。(NO59回参照)

 

このところ、連日猛暑日になり、熱中症も報じられているが、気象庁からの梅雨明け宣言は聞かれない。今年は厳しい暑さが予想されているが、エルニーニョ現象で冷夏との説も一方ではある。電力不足で節電を余儀なくされると思いきや、大飯原発再稼働で今のところは安定しているとのこと。首相官邸や代々木公園では原発反対のデモが行われ、TVでは報道され始めてはいるが、新聞の取り上げは少ない。

 

蝉の声をいまだ聞かない

 

連日猛暑日にも拘らず、日の出とともに一斉に鳴きはじめる蝉の声はいまだ聞くことがない。所々では少し鳴いているようには感じるが、弱よわしいものである。九州の大豪雨、「かつて経験のない程の大雨 」や長く激しく続いている雨の影響で、蝉の声が聞かれるのはもっと遅くなるように思われる。

伊丹・昆虫館の学芸員の方は「熱帯夜になれば鳴くと思います」と云っています。

 

天変地異がこの数年間日本列島を襲い、地殻変動なども動植物に大きな影響をもたらしているのではないかと思っている。こうした自然の大きく、厳しい変化に人間は対応しながら生きている。

 

文月は夏祭り

 

東北復興に向けて、仙台七夕まつり福島わらじ祭り、秋田竿灯まつり、山形花笠まつり、青森ねぶた祭、盛岡さんさ踊りが始まる。京都では祇園祭、大阪は天神祭とまさに七月の後半は夏祭りである。東北の皆さんは復興を祈願し、この夏を乗り切り、明日に向かって

一日も早い復興の為に頑張る祭りではないかと思う。

 

ロンドン五輪始まる。

 

7月27日~8月12日までロンドンオリンピックが始まる。競技実況は深夜になりそうだが

体操、水泳など金メダルを期待される競技もあるので注目したい。寝不足と熱中症に充分注意して欲しいものだ。

 

    *     *     *

 

                   ~夏の柴山潟をご覧ください~

                       =事業報告と同写真です=

 

●〝赤トンボ〟が舞っていました<写真右上の方>

 

 

 

 

●湖面一面に咲く〝緑のジュータン〟ガガブタ(冬の華前)

  ~今年の夏は、まだ咲いていません~        ~昨年のお盆の頃~

       

  ■写真/左)2012年7月16日、 右)2011年8月16日<I  Love加賀ネット写す>                                               

                               

                          ■【ガガブタ】…ミツガシワ科アサザ属の

                           多年草。湖沼やため池 に見られる水草。

                            <ウイキペデイア<フ リー百科事典>より

                                                                

 

 

 

2012年7月17日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

                              

 

第70回 花と蝶とイグアナ

自然環境の保全を図る活動 I  Love加賀ネット<定款>

 

 イグアナに驚いた!

 

夕刻に近い時間に、服部緑地公園に散歩がてら向かった。

蓮、ラベンダー、桔梗(秋の季語)が彩を添えている。梅雨の晴れ間である。

オオゴマダラが蜜を吸いに寄せられる。

 

   

 

 

「きりきりしやん としてさく 桔梗かな」 一茶

 

 

驚くことに、イグアナがいるではないか。それも8匹も草の上や、木に登っていることに吃驚仰天した。爬虫類はどうも苦手な筆者は、腰が引けてしまい触ることはどうしても出来なかった。「なぜ、イグアナが此処にいるのか?」理解できなかったが、「○○そこにいろ」「△△じっとしてろ」と子供に言い聞かせるようにしている中年の人が飼い主なのか、ブリーダーなのだろうと察しがついた。

 

犬猫、ハムスターなどの動物を連れてきている人はこれまでは出会ったが、イグアナは初めてのことである。話を聞くと、「このところ雨で来れなかったと」云っていたので、頻繁には来ているようである。

公園にイグアナを連れてくる善し悪しの判断は出来ないが、ペットとしての解釈からすれば、犬の好き嫌いもあり、同様な判断なのかもしれない。

 

       

 

 

例えば、マンション管理によるペット飼育に関する法律では、犬猫などについては禁止する場合もあれば、細則を作り飼育許可をする場合もあり、何れかは、総会の決議で決まる。

「イグアナはどちらになるのだろうか。」近隣に迷惑がかかるわけでもないし、管理さえすれば問題はないとは考えられるが、だとすればOKである、とい言うわけでもなさそうである。

更に気になったのは、公園でのイグアナの散歩は問題ないのかということである。 NO69にラムサール条約、日本の9湿地を登録の記事を紹介しました。 

 

                        

                                          【写真/筆者撮影=服部緑地公園 2012年7月9日】

 

 

 *        *        *

 

兵庫県豊岡・円山川下流水域・周辺水田  絶滅危惧種のコウノトリが生息している。

           産経新聞7月12日付夕刊の記事をご一読下さい。

 

 

 

             【無断転載禁止】 産経新聞大阪本社 知的財産管理センター

                         

 

『自然公園法』

優れた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図ることにより、国民の保健休養及び教化に資するとともに、生物の多様性の確保に寄与することを目的とした。

国立公園、国定公園及び都道府県立自然公園からなる自然公園を指定し、自然環境の保護と快適な利用を推進する。

 

 

2012年7月12日NPO法人  

I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

 

 

 

 

第69回 ラムサール条約登録を考える

自然環境の保全を図る活動 I  Love加賀ネット<定款>
 

柴山潟もラムサール条約登録に向けて。

 

 

国際的に重要な湿地を保全するラムサール条約に、3日広島県の宮島など日本の9カ所が新たに登録された。スイスにある条約事務局から環境省に連絡があった。6~13日にルーマニアで開かれる締結国会議で登録認定証が授与される。

新規登録は宮島のほか、茨城、栃木、群馬、埼玉の4県にまたがる渡良瀬遊水地や円山川下流域・周辺水田(兵庫県)など。環境省によると今回の新規登録で日本の登録湿地は46カ所合計面積は13万7968㌶。

渡良瀬遊水地は渡り鳥の渡来地で、葦が自生している。台風や大雨時の治水機能も担っており、環境保全との両立が注目されそうだ。世界遺産の厳島神社がある宮島は国内唯一のミヤジマトンボ生息地。円山川下流域・周辺水田には、絶滅危惧種のコウノトリが生息している。                           ≪2012.7.3 産経新聞記事引用≫

 

北陸では福井県敦賀市の「中身池湿地」と、富山県の立山弥陀ケ原・大日平にラムサール条約の登録認定証が授与されました。敦賀市・中身池湿地は、若狭の三方五湖に続いて福井県では2ケ所目です。

「三方五湖」は「柴山潟」とよく似た風光明美な観光地でもありますが、環境保全が先行し、〝後から着いていく控え目な「観光」〟が功を奏しているとの事です。

「環境保全」=「観光」のしっかりとしたバランス感覚のお手本です。

 

○【ラムサール条約】とは

湿地のもつ経済上、文化上、科学上の価値を認識するだけではなく、動植物、特に水鳥の生息地として確保すべくつくられた国際条約。正式名称「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」という。

 

水辺、湿地Wetlands(湿地、沼沢地、干潟、水域など様々なタイプの水辺の環境)は、ともすれば安価に開発できる場所として、経済活動の犠牲にされ失わされることが多い。また、湿地や浅い水辺は周辺には人が住むことが多く、水の汚染があり、そこに生息する鳥類は減少し続け、特に体の大きいものはその傾向が顕著である。1971年2月2日にこの条約が作成された。(小学館「日本大百科全書」抜粋)

 

▽ラムサール条約に登録されている加賀市「片野・鴨池」

 

       

加賀市片野・鴨池 撮影/筆者 2012.05.12

 

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I Love加賀ネット会員・藤井忠邦さんの当コラムNO65回掲載「片山津の自然の恵みに感謝」)で子供の頃の片山津の原風景を、藤井さんはこう表現しています。(引用箇所)   

 

 ~家の横を流れる小川は柴山潟につながっており、水草やウロ(ほこら)が多くあったことから、ウグイ、フナ、タナゴ、ドジョウ、ナマズなどの淡水魚が多数入り込んでいました。夏場には網やブッタイ(竹ヒゴで作った漁具)を持って川に入り、ウロを足で踏みながら魚を追い込むのが効率の良い漁獲法でした。雨で水位が上がっている時や夏場以外の時期には、釣り糸を垂らして、フナ、ウグイを一本釣りして、夕食のおかずにしていました。

 

水田の舟止場や船の水路では大型のフナがおり、ミミズを持って釣りポイントまで出張したものです。

水田の脇の排水路にはドジョウが泥の中に潜っており、手づかみでも簡単につかまえることができました。

 

当時、肉、卵は我が家にとってはぜいたく品でした。金銭を出さずに、身近なところで手に入った川や潟の小魚は自然からの恵みであり、その後の命が支えられて今日があることを思うとふるさと片山津に心から感謝の思いです。~

 

 

 【逆転の発想で】

第56回「環境保全と柴山潟」でも取り上げましたが、片野・鴨池(ラムサール条約登録)のトモエガモと柴山潟は密接な関係にあることは、北國新聞の記事で詳報されている通りです。

 鴨にとって柴山潟は餌場として重要な場所であります。片野・鴨池をねぐらとして日常は柴山潟に飛来する。この密接な環境は今後も維持しなければならない。そうした意味からも「柴山潟をラムサール条約登録に」支援していきたいと考えている。

 

ともすれば、経済環境優先、観光事業優先の考え方から、逆転の発想で取り組むべきではないかと思っている。自然に恵まれた環境を保全することがむしろ観光事業に直結することなのではないかと。歴史、文化、自然環境を大切にし、未来に繋げていくこと、それが私たちの基本理念である。

 

  

~鳥たちの楽園「柴山潟」~

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~柴山潟は、コハクチョウも越冬~

 

   

                 【写真提供/中村愛都美さん(写真家・片山津在住】

 

 

 

2012年7月10日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

 

第68回 繋がる輪と和

 つなげる――「柴山潟桜周回廊プロジェクト」―― つながる

 

 過去―現在 そして、未来へ!

 

「新・伊丹歴史探訪」(通算145回)に参加した。

今回は「幕末伊丹の俳人・郷土史家梶 曲阜(かじ・きょくふ)」講師は公益財団法人 柿衛文庫館長 今井美紀氏の講演でした。≪白雪ブルワリービレッジ長寿蔵2Fギャラリー≫酒造メーカー「白雪」の支援事業です。 

 

 

 

                      当コラムNO54で掲載しました「柴山潟桜周回廊プロジェクト」

                      桜会員山口高正さんと伊丹の関係を掲載致しました。そこから

                      引用いたします。

 

山口さんのルーツは、伊丹の酒造家「大和田屋」。

隆盛を誇った伊丹酒。北前船と同様に、明治の文明開化により、酒造株を新たに取得しなければならなかったのが痛手となり、衰退の道を辿ることになりました。「それがなければ私も今、酒屋の旦那様です。」と山口さん。

 

栄華を誇った伊丹酒と俳諧の世界。

伊丹の俳人、梶 曲阜(照顔斎)は山口さんの別家です。歴史をさかのぼれば、梶 曲阜は上島鬼貫に繋がり、与謝蕪村に繋がり、松尾芭蕉に繋がっていきます。そして正岡子規、高浜虚子。こんな俳壇の歴史に意義深いものを感じます。

 

                       伊丹市内に多くの句碑があります。

                       梶 曲阜は、師と仰ぐ上島鬼貫の句碑の七基建てています。

 

「蛍見や松に蚊帳つる昆陽の池」上島鬼貫

「戴きてそのかげ廣し月の松」梶 曲阜

「松の香をしほりに出でよ花の中」山口太乙(山口さんの一族)

 

 

 【曲阜が建立した鬼貫の句碑】 

               「鳥は未 口もほどけず 初桜」 鬼貫

 

【山口太乙、梶 曲阜建立の名前】    

     

               【猪名野神社 右の大燈篭を山口家が寄進】

 

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【梶 曲阜について】

寛政11年(1799年)~明治7年(1874年)。76歳。梶氏。通称大和田屋金兵衛。

別号は照顔斎。若年より俳諧にいそしみ、二条家より官服御免許を拝受、幕末の伊丹俳壇の指導者となる。郷土史家としても活躍、特に上島鬼貫の顕彰に尽力した。

 

このセミナーに「梶 曲阜」に繋がる山口高正さんと笹部 実さんが参加されておりました。笹部さんのルーツも梶 曲阜に繋がっており不思議な縁を感じております。

上島鬼貫の俳句に魅了された筆者が、山口さんと繋がり、笹部さんに繋がっていくのですから人の輪というのは面白いものだとつくづく思います。

 

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笹部さんは当会のホームページをご覧頂き、「柴山潟桜周回廊」プロジェクトにご賛同頂きました。デジブックに写真集を掲載しておりますのでご紹介いたします。

 

   飛騨荘川・白川郷の旅

    http://www.digibook.net/d/02d4c37f905d87e8b6324f62ecabe49e/

   六甲あじさいロード

    http://www.digibook.net/d/4d548b9781d98769a559555468a2a5cc/

 

 

          柴山潟桜周回廊プロジェクトは、身近な人達からの

          ご支援に支えられております。

 

友人に話をしたり、ホームページを見てもらったりしながら少しづつ輪が広がってきたように思います。

多くの人たちのご支援や賛同がなければ前進していくことはできません。

柴山潟のラムサール条約登録も同様に思います。地道に活動していくことが大きな繋がりになっていくと信じています。

 

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柴山潟〝桜〟周回廊 題字

 

 

 

(東川貞雄書 =片山津町=)

(長兄が「題字」をプレゼントしてくれました)

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2012年7月3日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

 

 

 

 

第67回 蕪村の眠る「金福寺」

つなげる――「柴山潟桜周回廊プロジェクト」―― つながる

 

 

           比叡山電鉄出町柳駅から一乗寺で降り、登り道を20分ほど

           ゆっくりとかけながら詩仙堂に向かった。 

 

修学旅行シーズンも終わり、京都は一段落の観光客でこのシーズンがゆっくりと散策できる機会でもある。「金福寺」での観光客はおらず、金糸梅が咲き、木々の深さと緑風を感じながら静かに「与謝蕪村之墓」にお参りすることが出来ました。

 

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 詩仙堂の200mほど手前を右折すれば「金福寺」である。

 

 

  

           与謝蕪村之墓                        金糸梅

            

                                            

日本経済新聞日曜版6月10日、17日、24日、7月1日付けで 【美の美 特集】4回に分けて「与謝蕪村―無限のポエジー」見開き特集記事が掲載されました。文・宮川匡司、日本経済新聞編集委員が書かれた記事でした。

 

 

「与謝蕪村―無限のポエジー」

 

6月10日小見出しは

【花茨故郷の路に似たるかな―。画家にして俳人の与謝蕪村(1716~83)は望郷の詩人だった。しかし蕪村の望郷の念は、今も多くの謎に包まれている。蕪村の魂のふるさととは、何だったのだろうか。】

6月17日は、【蕪村は晩成の芸術家だった。】

6月24日は、【蕪村は先人の松尾芭蕉を敬愛していた。しかし旅に明け暮れた芭蕉の風雅をただ模倣することを潔しよしとしなかった。】

7月1日は、【中国の山水画から多くを学びながら、蕪村は晩年、独自の円熟した画境に至った。俳諧の精神が息づく情感あふれるその絵は、京の一庶民として生きた蕪村の生活体験と切り離せない。】

                                                                           

   

耳目肺腸ここに玉まく芭蕉庵  蕪村

                                                     

                                                                                               

 

芭蕉庵
 

         

         芭蕉の碑

 右・蕪村   花守は野安に劣る今日の月

左・百池 西と見て日は入りにけり春の海

 

 

       蕪村の俳画を掲載されていますが、お見せできないのが残念でもあります。

 

日本経済新聞編集委員・宮川匡司氏は、蕪村を良く研究され、俳画をもまた理解されておりますし、与謝蕪村を敬愛する市井の俳句愛好者にとっては得難い資料になります。

 蕪村 没後220年(平成15年)逸翁美術館(池田市)・柿衛文庫(伊丹市)が編纂した美術本は並びに展覧会に出品された作品の何点かを新聞掲載されております。

 

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池田市・逸翁美術館「没後220年 蕪村」展を見ることが出来ました。

 

天明三年師走二十五日未明、臨終吟三句を遺し、六十八歳をもって他界した。

 

「冬鶯むかし王維が垣根かな」

  「うぐいすや何ごそつかす薮の霜」

    「白梅の明くる夜ばかりとなりにけり」

 

比叡山の麓、自ら再興した芭蕉庵のある金福寺にねむる。その場所もまた、この雪景色の中に溶け込んでいるようだ。(「屋根ひくき宿うれしさよ冬籠」)宮川匡司記者は結んでいる。

金福寺のご住職と少し話をさせてもらいました。「秋の紅葉の時が素晴らしいですよ。是非おいで下さい」と。冬の雪籠もりの時にも来てみたいと思わずにはいられませんでした。

 

   でも、筆者は宮川記者同様に、厳しい冬の雪籠もりの時にも来てみたいと

   思わずにはいられませんでした。

【写真】金福寺にて筆者撮影 2012.06.27

 

 

 

2012年7月3日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 




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