NPO法人「I Love 加賀ネット」は加賀の発展と心豊かなまちづくりの為に活動する団体です。
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第115回 歴史は人をつなげる。(三國龍翔館と歌川女講座)

 つなげる――「柴山潟桜周回廊プロジェクト」―― つながる

  

 

歴史は人をつなげる。

歴史の中を紐解いていくと、絡んだり、もつれたりしたものの中から現在が浮かび上がってくる。人が歴史を作り、歴史は人の縁で繋がってくる。一瞬一瞬が過去になり、歴史になっていく。

たった100年前のことすら解明できないこともある。映像技術や通信の急速な進化によって残されていく今日の情報と異なり、埋没してきた歴史は創造の世界ではないだろうかと思っている。 

 

3月16日(土)午後1時30分から、みくに龍翔館郷土研究講座「三国湊の女流俳人歌川―その時代と周辺」が開催された。

◎講師 久保悌二郎(江戸川大学 名誉教授)

      1942年、福井市生まれコンピュータ専門誌編集を経て、1990年から江戸川大学

      勤務。メディアコミュニケーション学部に所属。専門領域は、情報社会学、地域情

      報化等。主な著書「マルチメディア時代の情報戦略」

         『遊女・豊田屋歌川』北前船で栄えた三國湊の女流俳人 』 (無明舎出版)  

                              

         

            みくに龍翔館                   久保悌二郎名誉教授

                               

「奥底の 知れぬ寒さや 海の音」  歌川女

 

三國龍翔館の角学芸員のご案内で、郷土研究講座「みくに湊の女流俳人歌川―その時代と周辺」を聴講した。久保悌二郎先生の研究の深さと広範囲な資料に基づく講義は、歌川女を些か齧った筆者にとっては大変勉強させられました。「これまでの郷土研究講座ではなかったほどの超満員の聴講」と角学芸員。

 

 

「 続・近世畸人伝」三國龍翔館所蔵

 

「 続・近世畸人伝」 右に千代女 左に歌川女

           【筆者・許可のうえ撮影】無断転載ご遠慮ください    

 

 

久保先生の講座レジュメで高田宏著「雪日本 心日本」のご紹介がありました。たまたま

「雪日本 心日本」が手元にあり、さすがにと感服させられました。

 

 

「雪日本 心日本」高田宏著

高田宏著「雪日本 心日本」に三國遊女 歌川 を書かれております。

三國湊の時代性と背景と荒れる日本海。そして時系列的に歌川の俳句を取り上げております。冬、雪、荒れ狂う日本海、そして北前船。その土地に生まれ、育った北陸の人たちにしか解らない苦労と苦痛の生活。北前船が繁栄を誇っていた時代の三國湊、橋立(石川県加賀市)。産業革命(黒船到来から)によって衰退していく時代と今日。同時代に同様に衰退していった伊丹酒は、まさに黒船到来からではなったかと思っている。

 

高田宏プロフィール

1932年 京都生まれ 石川県大聖寺で育ち、大聖寺高校、京都大学卒業。ペンクラブ会員

石川県九谷焼美術館館長、深田久弥 山の文化館館長

主な著書 「雪日本 心日本」「冬の花びら 雪博士 中谷宇吉郎の一生」

     「言葉の海へ」「われ山に帰る」

     「心うるおう加賀の休日」「心にひびく加賀の休日」などがあります。

「冬の花びら 雪博士 中谷宇吉郎の一生」児童福祉文化賞特別推薦・基本図書

 

    本はすべてにルビを打っておりますので、小学低学年の皆さんにもたいへん読み

    やすくなっています。(じじぃ、ばばぁ お孫さんに是非プレゼントしてください。)

 

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<中谷宇吉郎と高峰譲吉(タカミネ桜)>

寺田寅彦との出会い、そして医学博士高峰譲吉(タカジャスターゼ発見)とのご縁。(高峰譲吉の提唱でできた理化学研究所で、中谷宇吉郎は寺田寅彦の助手として約3年間研究した。)

高峰譲吉の米国で「ワシントン桜」の100周年を記念した桜苗木が、3月27日(水)に当会の管理のもとに「中谷宇吉郎 雪の科学館」傍に植樹される。
 

 

 

 

<酒  饅  頭>

三國駅前の酒饅頭「にしさか」の西坂さんを訪問した。(NO60歌川も酒饅頭を食べたのだろうか)酒饅頭といえば三國。三國酒饅頭は他の3倍程大きく食べごたえがあります。

お土産に越前鉄道三国線を福井まで20駅、雪解けの遅い春を見ながらゆっくりと帰途に着きました

 

                             

     

  

    女流俳人歌川が取り持つ「縁」は今日もつながっていることを強く意識する。

    人のつながりは、今見えなくてもその先に見えてくることもある。殊更意識しなくとも

    もたらされる縁もあれば、意識することによって結ばれていく縁もあります。

    こうした縁が時代を創成し、歴史として残されていく。

    残された歴史を、未来につなげていくことの役割が私たちの使命であると思ってい

    る。

 

 

2013年3月19日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

 

 

第114回 「中谷宇吉郎の森羅万象帖展」鑑賞 

 

 

  3月7日から5月30日まで大阪市中央区本町伊藤忠ビル1階LIXILギャラリーで開催

  されている。

  4月下旬を思わせる気温で、少し歩くと汗ばむそんな快晴の日にLIXILギャラリーの

  「中谷宇吉郎の森羅万象帖展」に向かった。

 

I  Love加賀ネットとは、「中谷宇吉郎 雪の科学館」指定管理を受託(加賀市総合サービス株式会社との協同企業体)しています。偉大な科学者であり、雪博士中谷宇吉郎の生誕地が片山津温泉であります。生誕地跡は、長く地元信用組合のビルとなっておりましたが、現在は地笑ビルとなっています。(当会の所在地でもあります。)様々な縁が繋がり、当会の活動の柱となっています。

 

今年の3月立春には、朝日新聞の天声人語「雪は天から送られた手紙である」が引用されておりますし、北国新聞の地鳴り、にも紹介されております。毎年のように「立春に卵が立つ」の文章が紹介されています。科学者と同時に随筆家としても才能を発揮した中谷宇吉郎博士は「偉大な宝」であります。寺田寅彦「天災は忘れた頃にやってくる」との没後50年企画は今年の最大の企画でもありました。

 

 【寺田寅彦との出会い】

 【花火放電の研究】

 LIXILギャラリーの「中谷宇吉郎の森羅万象帖展」担当ディレクター高橋麻希さんに話しを聞くことができました。

 『今回、中谷芙二子さん(中谷宇吉郎次女)よりのご提案もあり開催することができ、雪の科学館では公開されていない貴重な資料を展示することができました。(知的財産権、著作権の関係で写真ではご覧になることはできません)是非会場 にお越しいただきご覧下さい』。

 

【雪の研究】


【愛用した算盤、計算尺、製図器具】

 【氷の研究】

《2013.3.11 筆者撮影 写真転載不可》

❅          ❅          ❅

中谷宇吉郎 雪の科学館【 建築(設計)磯崎 新】 

中庭:グリーンランド氷河の原(修景/中谷芙二子)

     ❅ 中庭はグリーンランド氷河のモレーンの石の原。 博士が最後の研究をした

       北緯78°の極地から来た60tの石です。 風に舞う「人工霧」が北の便りを

       とどけます。

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中谷宇吉郎随筆集より
[私の生まれた家]

私の故郷は、片山津という、加賀の温泉地である。近くに立派なゴルフ場もある。まるで昔日の面影はない。しかし私が生まれた頃は、北陸の片田舎の小さな村落であった。村ともいえないところで、本当の地名は作見村字片山津小字砂走である。村の下の字、そのまた下の小字であるから、村落の大きさの見当はつくであろう。

五十年の間に小字から四段飛びをして、市になったわけである。小字時代の片山津は、片側が薬師山、今一方の片側は、柴山潟という湖にはさまれた、一本道の村落であった。私の家は、呉服雑貨店をやっていて、湖側にあった。前は、一本道路に面した店舗になっていて裏庭は湖に面していた。
(後略)

  

   当時の片山津の描写と今日の片山津の描写とは、多少の土地の拡大や柴山潟の

   埋め立て地などの変化はあっても、片側に薬師山、もう一方に柴山潟は変わらない。
   絶滅危惧種トモエガモが飛来する柴山潟と白山の景観は、今も変わらずに残され

   いる。            

この景観もまた「宝」であります。

  

中谷宇吉郎生誕の地碑 (加賀片山津温泉)

中谷宇吉郎と高峰譲吉

北陸の雪深い冬は、当時も今も変わらない。今年も厳しい冬を乗り越え、ようやく春を迎える。寺田寅彦との出会い、そして医学博士高峰譲吉(タカジャスターゼ発見)とのご縁。
(高峰譲吉の提唱でできた理化学研究所で、中谷宇吉郎は寺田寅彦の助手として約3年間研究した。)

高峰譲吉の米国で「ワシントン桜」の100周年を記念した桜苗木が、3月27日(水)に当会の管理のもとに「中谷宇吉郎 雪の科学館」傍に植樹される。
人の縁は歴史をも繋げる。

つなげる―「柴山潟周回廊プロジェクト」― つながる

2013年3月14日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

第113回 みくに龍翔館と三国湊の女流俳人歌川」

  つなげる――「柴山潟桜周回廊プロジェクト」―― つながる

 

 

みくに龍翔館郷土研究講座「三国湊の女流俳人歌川―その時代と周辺」

 

 

日時 3月16日(土)午後1時30分から

◎講師 久保悌二郎(江戸川大学 名誉教授)

      1942年、福井市生まれコンピュータ専門誌編集を経て、1990年から江戸川大学

      勤務。メディアコミュニケーション学部に所属。専門領域は、情報社会学、地域情

      報化等。主な著書「マルチメディア時代の情報戦略」

         『遊女・豊田屋歌川』北前船で栄えた三國湊の女流俳人 (無明舎出版)

 

奥底の 知れぬ寒さや 海の音  歌川女

 

              三國龍翔館HP http://www.ryusyokan.jp/

                  みくに龍翔館 郷土史研究講座

 

当コラムでは、長谷川歌川女については何度か取り上げました。ご一読ください。

     (NO42,NO60)

 

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中谷宇吉郎の  ◆森羅万象貼展

~大阪・LIXILギャラリー~

 

昨日 (7日) から5月30日まで、科学者・中谷宇吉郎の軌跡をたどる「企画展」が大阪市中央区久太郎町伊藤忠ビル内 LIXILギャラリーで開催。科学者であり、また随筆家でもある宇吉郎博士の撮った自然の写真、スケッチ、科学映画など貴重な資料と共に人なりが紹介されています。

タイトルの「森羅万象貼」は、博士が北海道大学に赴任(1930)した時のアルバムです。師と仰ぐ寺田寅彦氏と共に学生達と自然と向き合い、その不思議や神秘な現象について解き明かすが教えが込まれているものです。

この所、新聞紙上で中谷宇吉郎の 『雪は天から送られた手紙である』 を引用した記事がとても目立ちます。朝日新聞 「天声人語」(3月5日)、北國新聞 「郷土のカルタ取り」(2月24日)、同投書欄「地鳴り」(3月6日)等々です。-《この項事業報告と重複》-

 

 

2013年3月8日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

第112回 桂離宮

 

 

  人間の最も基本的な分類として「知を愛する人」「勝利を愛する人」「利得を愛する

  人」の三つの種類がある。プラトン[(Platon)古代ギリシャの哲学者]の名言です。

  この三つを独占した人が、その時代の権力者ではなかったかと思う。

 

隋の煬帝は、隋王朝の第二代皇帝で歴史では、暴君と呼ばれている。民衆に増税と苦役を課し、京杭大運河事業(北京から杭州までの2500キロの大運河、黄河と揚子江を横断している)と更に高句麗遠征を三度、民衆は疲弊し、そして隋王朝は崩壊する。遣隋使として小野妹子は聖徳太子の国書を煬帝は「日いづる国」に激高したというが、その時から倭国は日本になり、そして対等外交を許したという。遣隋使から遣唐使へと繋がって行ったと言える。

1611年 後水尾天皇が徳川家康の後押しで第108代として即位する。徳川幕府の後ろ盾のある天皇として、秀忠、特に家光との関係が良かったこともあったのか、後水尾上皇として院政をしくことになる。辞めたくて仕方なかったらしいが、天皇譲位を押し切ってしまう。強引でもある性格と政治力で後水尾上皇は、実に強かに政治を駆使し、時の権力者徳川幕府を翻弄し、やりたい放題のことをやった、と筆者は思っている。1680年長寿85歳で崩御されている。

しなやかに、したたかに、スポンサーである幕府から資金を拠出させている。

修学院離宮、桂離宮、仙洞御所、そして宇治黄檗宗万福寺の支援など後水尾上皇がすべて関与している。(修学院離宮、桂離宮、仙洞御所、現在は宮内庁が管理している。)徳川幕府にとっては実に扱いにくい実力者であったと言えます。

 

修学院離宮『NO81(1)(2)』で掲載していますので併せてご一読ください。

 

 

桂離宮の歴史

桂離宮は、御陽成天皇の弟・八条宮初代智仁親王により、宮家の別荘として創建された。

元和元年(1615年)頃に山荘の造営を起こされ、簡素な中にも格調を保った山荘を完成される。親王の40歳代に古書院が建てられたと見られる。二代智忠親王は、加賀藩前田利常の息女富姫と結婚されて、財政的な裏付けもでき、山荘の復興、増築に意欲的に取り組まれた。寛文2年(1662年)頃までに在来の建物や庭園に巧みに調和させた中書院、新御殿月波楼、松琴亭、賞花亭、笑意軒等を増築、池、庭園にも手を加え今日の姿に整えられた。

桂棚、付書院の新御殿や御幸道などは後水尾上皇を山荘にお迎えするにあたって改造されたものと伝えられている。(桂離宮パンフレットより引用)

桂離宮総面積約69000㎡。回遊式庭園と数奇屋風純日本建築物は、ドイツの建築家ブルーノ・タウトは「泣きたくなるほど美しい」と絶賛した。

 

 

  

             新御殿                               御幸門  

 

御幸門(茅葺切妻屋根、あべ槙木の皮付き丸太)

この門は、御水尾上皇をお迎えするにあたり、智忠親王が作られ、その後家仁親王の時に再建された。)

 

                                                                                             

             御幸道から外腰掛け(自然石と切石を巧みに配した) 

 

二重枡形の手水鉢と灯篭

     洲浜      

   

 

 

        

                          

 園林堂扁額は御水尾上皇の宸筆

    

                              書院 新御殿                          古書院

 

                                               

月波楼からの外観  月波楼                                                                                                               

   

               隠しの松(あえて庭園を見せないため)

 

四季折々の月を鑑賞し、手水鉢に月が映るように月の位置を計算し、満月を掬い上げる。

美的感覚は素晴らしいものがあります。桂離宮は、装飾美を排した簡素な建築美と庭園・池の調和が日本美術の根幹にあると思う。修学院離宮は池を中心とした庭園、そして、桂離宮は「桂棚」修学院離宮は「霞棚」。書院、茶屋、庭園の日本文化の宝でもあります。

 

              何度も申し込みに挑戦した「桂離宮」当日は温暖で前日の雨が上がり快晴

      の冬の 終わりを感じさせる日でした。秋の紅葉がこれまた素晴らしいとのこ

      とす。

 

 

2013年3月5日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

 

 




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