NPO法人「I Love 加賀ネット」は加賀の発展と心豊かなまちづくりの為に活動する団体です。
> top     > ブログ

「I Love加賀ネット」ブログ随時更新中です。

第150回 深まりゆく秋を満喫したい 

                   自然環境の保全を図る活動 I  Love加賀ネット                                     

                学術、文化、芸術、またはスポーツの振興を図る活動                 

   

 

季節のことば36選 紅葉前線 秋祭り 冬支度   日本気象協会カレンダーより。

二週連続台風18号、19号とこれまでにない超大型台風が日本列島を北上し、北海道に抜け、温帯低気圧となる。降り続いた雨量は相当で、全国各地に大洪水で、今週も各地に被害をもたらした。

夏の気温が低く、ここにきて一気に11月並みの気温になり、最高気温も20℃位で凌ぎやすくはなっているが、もう一段下がると秋の深まりを感じるよりも冬支度になってしまう。

 

何といっても秋の楽しみは紅葉狩や秋祭りである。これも雨のせいか何となく元気の良い勢いが伝わってこない。

二十四節気霜降、七十二候霜始降(霜が降り始める)霜時施(小雨がしとしと降る)楓蔦黄(もみじや蔦が黄葉する)、深まりゆく秋はますます黄紅色となり木々を彩る。

 

 DSCF6455太陽の塔

雲ひとつない快晴の万国博記念公園「太陽の塔」 2014.10.18.筆者写す

 

1970年(昭和45年)日本万国博覧会が大阪千里丘陵で開催されてから44年。

太陽の塔(岡本太郎作1911-1996)「芸術は爆発だ!」大阪のシンボルとして永久保存が決まり、現存するこの「太陽の塔は」素晴らしい。

約50年後、100年後の歴史と共にその存在感の大きさに驚かされる。これが天才岡本太郎の天才たるところなのだろう。

万博記念公園は、264ヘクタール阪神甲子園球場の約65倍の広さである。

 

DSCF6469万博記念公園

 

DSCF6474池 

 

東京オリンピック、新幹線開通、日本万国博覧会と続き、東京、大阪そして日本が高度成長のど真ん中を歩んでいく昭和の繁栄の時代でもありました。

その後、博覧会ブームがあり、全国各地で様々な博覧会が開催されました。

 

50年後のいま、2020年東京オリンピック開催が決定し、リニアモーターカーが東京―名古屋間着工決定し、そして大阪までと。まるで、祖先帰りの企画そのものである。

高度成長と共に東京一極集中の経済、社会になり、その反動として地方経済の活気が削がれてきた。人口の集中、都市部への流入、地方都市からの流出が現在の大きな課題になって久しい。「地方創生」といわれ、安倍内閣の政策課題ではあるが人口問題との絡みの中では中々難しいといわねばならない。同じことを、同じようにやれば成功するのかというと大概が失敗する。

 

東京オリンピックもリニアも、将来の日本にどれだけの利益をもたらすのであろうか。

この昭和から平成の時代、繁栄の中での光と影、都市部における高齢化と過疎化は深刻ではないでしょうか。

快晴にの秋晴れ、「太陽の塔」が語りかけている更なる50年後の日本はどうなっていくのでしょうか。

 

DSCF6513コスモス

 

 

2014年10月24日

NPO法人  I  Love加賀ネット事務局長

東川 敏夫

 

第149回 催しに参加して(感想文)

学術、文化、芸術、またはスポーツの振興を図る活動   

I   Love加賀ネットが主催、または関連する事業に参加されたお二人から、感想文が寄せられました。

加賀梨の〝小塩辻ウオーク〟に参加された福井市の大井信夫さん。そして中谷宇吉郎雪の科学館「友の会」主催〝宇吉郎ゆかりの地めぐり〟に神奈川県から参加された外嶋友哉さんご夫妻です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

小塩辻ウオ-ク

 

雲ひとつない青空、信号機もない、爽やかな風と上空を飛ぶ飛行機の音、草木の香り、など、自然が満載のウオーキングであった。

大井信夫感想文コピー

 

大井信夫感想文②コピー    大井信夫感想文➂コピー

 

 

正念寺 白山神社

老朽、廃寺、を、地域住民の中心(お寺の境内は遊び場であり、もちろん信仰の基である)である寺を改修し象徴である赤瓦の本堂、庫裡の修復完成。

 

神社の改修も地域の象徴であり、住民総出で取り組み菊理姫神を祭る社を完成出来た。そして、多くの浄財を寄付していただいた方々を、銘板に残し、由来を後世まで語り継ぐことである。

地域、地区のために何ができるか、それが、まず昔からの中心である、神社、お寺である。

正念時コピー大井信夫感想文④コピー                                       正念寺                    白山神社

 

 

加賀小塩辻の梨 選果場

梨は袋を掛け、手間暇かけて収穫していたが、地域のサラリーマン家族の収入と比較しても、長時間労働のわりには低所得であった。

それでは、地域産業として、成り立たないので品種改良、収益アップ、コストダウンをトータル的に考え地域選果場の稼働を始めた。

袋を無くした事によって、カラスや鳥獣による被害。                                              その対策として、梨の表面、皮の厚みを厚くし、傷防止を図り青いネットで囲い、品質の良い果実を市場に出荷出来た。

選果場(北國新谷>DSC_1726

 

 

イナバ物置                     

「何故百人乗っても大丈夫か?」

北陸は雪国である、大雪にも耐える、

雪おろしが必要ないキャッチフレーズである。

平均60㎏×100人である。

イナバ物置コピー

 

 

参加した雑談

一人ではなかなか参加できない、沢山の仲間がいたので約13,000歩、2時間半のコースを完歩出来た。

ウオーキングはお金のかからない一番の健康運動である。

大井信夫感想文⑧コピー

福井市/大井信夫

 ■この記事に関し、【事業報告】ページ 9月9日掲載も併せてご覧ください■

 

//////////////////////////////////////////////////////////////////

中谷宇吉郎のふるさとへ



秋晴れの日曜日、横浜から夫婦で「宇吉郎」ゆかりの地めぐり」に参加させて頂きました。野焼きをしたのか、焚き火をしたのか、澄んだ空気の中にわずかに残る煤(すす)の香りが真っ青な高い空との間に広がり、それだ  けで十分気持ちの良い朝を迎えることができました。

外嶋友哉①コピー

=中谷宇吉郎雪の科学館前=

補助席を使うほど、マイクロバスはたくさんの人を乗せて、生誕の地である片山津、幼少を過ごした大聖寺などを巡りました。これまで中谷宇吉郎氏については、独学で少し調べをしておりましたが、今回、文献を飛び出すことができ非常に有意義な機会となりました。

中谷宇吉郎生誕地碑コピー②[1]

                    =生誕地跡碑=

生誕の地、柴山潟の湖畔も宇吉郎氏の幼少の頃とは異なり、干拓が進み、随筆「私のうまれたところ」によると、当時は生家のすぐ裏が湖のほとりだったようですが、今では一丁ほど歩かなければ湖の水には触れることができません。

氏の随筆では「御殿」と呼ばれている前田家の屋敷も、今は当時の場所にはないものの、別の場所に移築され地域の方の想いとともにしっかりと保存されていました。当時の前田家の御殿様方は能楽に長けておられたようで、能楽のために作られたという不自然な位置に配した柱の存在や、奥方が才気溢れる宇吉郎少年を寵愛した様子など、当時の佇まいの屋敷がもつ独特の雰囲気の中で、小松健康朗読クラブの方による重みのある朗読も相まって当時の情景に想いを馳せることができました。

外嶋友哉②コピー   DSC05813 - コピー - コピー 外嶋友哉➂コピー (2)

        =御殿=                ≕朗読=

今回の訪問で、加賀という地には、片山津など日本有数の温泉地があり、氏の随筆「九谷焼」でも触れられている通り、先人の想いと努力により生まれ、今日まで続く焼き物があり、それらに影響を及ぼした加賀前田家の歴史と文化がありといった多面的な魅力溢れる土地であることが、よく再認識できました。更に、中谷宇吉郎氏が生涯を通じて愛おしく想いを寄せた故郷であったことは、更に多面的な魅力を増すことになるのでしょう。

外嶋友哉⑦ コピー 宇吉郎書コピー

                 ≕画・宇吉郎=

ゆかりの地めぐりを運営していただいた方々、同行させていただいた地元を中心とした友の会の方々に感謝を込めて。

 外嶋友哉感想文コピー  外嶋友哉⑤コピー
中谷宇吉郎「雪の科学館」=加賀市潮津町=      外嶋友哉夫妻(神奈川県在住)

 ■この記事に関し、【事業報告】ページ 9月29日掲載も併せてご覧ください■                              

 

 

第148回 実盛と加賀手塚

学術、文化、芸術、またはスポーツの振興を図る活動

 

芭蕉 「奥の細道」

  「夏草や 兵者どもの 夢のあと」

  「むざんやな 兜の下の きりぎりす」

  「旅に病んで 夢は枯野を かけめぐる」 辞世句

 

1.首洗池DSC02868 - コピー 2.首洗池PP1060575 - コピー

                  【首洗池】

 

3.無残やな兜の…碑P1060570 - コピー  「むざんやな 兜の下の きりぎりす」

 

4.無残やな兜の…三人像DSC02883 - コピー     ⒑無残…カブトUP - コピー

                 

 

                                   

              「実盛塚」と加賀手塚町

 

源義経、源(木曽)義仲、斎藤別当実盛、手塚太郎光盛、篠原の合戦や源平合戦の後、歴史が大きく動いていった場所が、現在の石川県加賀市篠原町であり、手塚町である。

栄枯盛衰、悲劇の主人公たちが「大義」に向かい突き進んでいく、源平の歴史の勢いをそこに見ることができる。そして、それは極めて短時間で強烈な個性を発揮した若武者共の儚い物語でもあった。更に勢力のある集団こそが劇的に歴史の表舞台から寧ろ強引に排除され、そして水泡のように消されていく。そこには寂寞感とやるせない「武士」の末路を見ることができる。それは「潔い」という言葉になるのだろうか。

行きつ戻りつ、追っかけるものが、今度は追われる身となり悲劇が生まれる。北陸路にはそんな悲劇的な情感が漂って今日まで来ている気がしてならない。

 

与謝野晶子

「北海が盛りたる砂にあらずして 木曽の冠者がきづきつる塚」

 

untitled 実盛塚

 

「歴史ウォーク」
NPO法人I Love加賀ネットの「歴史ウォーク」は篠原の合戦「実盛塚」をコースの中心とし、首洗池(手塚町)、金明竹など、雪博士中谷宇吉郎「雪の科学館」をスタート、ゴールとして約6キロのコースを毎年事業として実施している。歴史と文化と科学を自然の中に取り入れた歴史ウォークは当会の目玉事業である。

8.首洗池(ウオーク)P1090823コピー - コピー 9.無残…カブト見る111 - コピー

 ⒒実盛塚(民放)P1020820 - コピー

                                              NPO法人 I Love加賀ネット主催                                                                   ~片山津・篠原 古戦場めぐり~=2009(平成 21年)3月29日=

 

・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

謡曲「実盛」

 

平家物語 謡曲「実盛」 文楽「源平布引滝・実盛物語」

 

斎藤別当実盛と木曽義仲。木曽義仲の忠臣、手塚太郎光盛。この関係としての歴史は、500年後に、芭蕉の奥の細道で「むざんやな 兜の下の きりぎりす」を詠ませることになる。

 

芭蕉は木曽義仲に対する思い入れは相当強いものがあった。芭蕉は「骸は木曽塚に送るべし」と遺言し、「木曽殿と背中合わせの寒さかな」と又玄が詠んでいるように、相当に強い思い入れがあったとしか思えない。「義仲の 寝覚めの山か 月かなし」寝ても覚めても義仲であり、義経であった。悲劇の主人公を好み、その武士としてのやはり「潔さ」に嵌まってしまったのではないかと思っている。

 

⒔芭蕉の翁の墓(義仲寺)DSCF0873 - コピー ⒕木曽義仲の墓(義仲寺) - コピー

    芭蕉翁の墓(義仲寺)            木曽義仲の墓(義仲寺)

⒖芭蕉 辞世句…旅に病んで - コピー

「旅に病んで 夢は枯野をかけめぐる」

 

当コラムNO102で 「義仲寺と芭蕉と篠原の合戦」で書いているので是非お読みください。

源(木曽)義仲が悲劇の主人公とすると、その忠臣であった手塚太郎光盛は、義仲と共に粟津ケ原の戦いで、源頼朝は後白河法皇の命を受けて、弟の範頼・義経以下の東国諸将に討伐を命じられた云わば身内によって討たれるのだが、その壮絶な死は、平家物語「木曽の最後」として語られている。で、手塚太郎光盛は木曽義仲への忠臣である。最後の四騎のうちの一人のである。

*       *        *

今の手塚町と源平町そして雪博士・中谷宇吉郎「雪の科学館」

北陸自動車道をおり、片山津温泉方向に新堀川を渡ると篠原である。新堀川沿いの対岸が手塚町。そして源平橋を渡ると首洗池があり、源平町がある。歴史の由緒ある地名を護り、文化を護ることが重要なことである。時代の中に埋もれることなく歴史の町として残ってほしいものです。

 

源平橋(左側が手塚町)コピー   源平橋・手塚町・首洗い池周辺コピー

源平橋(左方向に手塚町)            雪の科学館前(源平町)

 

800年以前の合戦を芭蕉が500年前に、それから300年以上の歳月が流れ、すぐ側に雪博士・中谷宇吉郎「雪の科学館」があるが、生誕100年であり、歴史は悉く走り去っていく。現在の手塚町は[19世帯(36人)平成17年1月加賀市調べ]

後代、手塚光盛の末裔を称する人に、江戸時代後期の蘭学者・手塚良仙、そして昭和の漫画家・手塚治虫氏などがいる。手塚治虫「火の鳥」手塚太郎光盛を自画像と似せて登場している。

 

「義経記」

「義経記」によれば、越前(福井県)平泉寺を出た一行は加賀市・菅生石部神社を拝み、篠原に泊まり、斎藤実盛を偲んでいる。安宅の渡し(小松市)から根上の松(能美市)、岩本の十一面観音に籠り、白山権現に参拝、加賀の国富樫(野々市町)、倶梨伽羅峠(津幡町)で平家の霊を慰める経を読んでいる。義経が奥州に落ちのびる様子が記されている。                                     ■南加賀商工観光推進協議会・南加賀周遊【義経物語―義経伝説はここから始まる。

                           (北陸道に義経の無念をたどる。)より引用】                                                           

芭蕉の辞世句 「旅に病んで 夢は枯野を かけめぐる」

芭蕉は、「奥の細道」旅の成果は旅の途中、「不易流行」を経て「かるみ」に辿りつく。

斎藤実盛の最後を思い起こす「むざんやな 兜の下の きりぎりす」 宇宙観や人生観である。いつまでも夢を持ち、ひたすら自分の方向を見出そうと、もがき苦しみながらも生きていくのもまた人生である。そして思い通りにはいかないことも歴史は知っている。

「夏草や 兵者どもの 夢のあと」

義経と弁慶が北陸道を通り、奥州に落ちていく。それは「安宅の関」、勧進帳の名場面である。

安宅の関、勧進帳の場面である。

歴史は繰り返され、夢を追いかけ、そして儚くも歴史に押しつぶされていった若武者たちの短き人生の一章が語られる町である。

*         *          *

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第130回 「能舞台」と「上島鬼貫」と「照顔斎」 より                2013年9月10日

                      学術、文化、芸術、またはスポーツの振興を図る活動

謡曲と「能舞台」

服部住吉神社境内ある「能舞台」は大阪府下最古のもので、最初は大阪博物館に建立され、昭和2年(1927年)大阪天満宮に移築されたものが、昭和56年に服部住吉神社に再移築された。

例年8月に薪能を始め、回能や狂言が催されると紹介されている。しかし、宮司の話では、残念ながらこの8年程薪能は行われていないと。

写真でご覧のように、元々あった樹木をそのまま生かし移築したもので、苔に覆われた樹木を大切にした配慮が感じられる。

歴史ある能舞台での狂言を披露してもらいたいものである。

 

 

34dc3fc9e0f9c10079dd972964b4ffed[1] - コピー 8bbbdc164e8dd00a8346e5f53b0b9be31[1] - コピー

「服部住吉神社能舞台」

謡曲「敷地物狂」 加賀市大聖寺敷地にある「菅生石部(すごういそべ)神社」境内の舞台で、室町時代に一度途切れたこの作品を、能楽師大槻文蔵氏によって復曲され、上演されている。

大聖寺・敷地 (しきぢ) にある 「菅生石部 (すごういそべ) 神社」 の境内がその舞台で、室町時代に一度途切れたこの作品を、能楽師大槻文蔵氏によって復曲され、9月29日(日)上演されると言う。

加々野国・大聖寺菅生 (須郷) の少年が12歳の時、父母の元に書置きを残し出家、比叡山へ。修行を積んだ少年は僧となって菅生へ帰郷するが、そこには家も両親の姿も無かった。しかし、悲しみの僧が説法を行っているその場に哀れな母の姿があった。

再び比叡山へ戻った息子を追い、母は女人禁制の高野山に男装して入り、肌身放さず持ち歩いていた薦 (こも) を捧げると、その中に少年が菅生を後にした時に書き置きをした「文」があった。 (2011年12月23日事務局コラムNO12 謡曲「敷地物狂」を紹介している。

(筆者記)

 

※写真は当会、歴史ウォークの時撮影したものや、NO102義仲寺写真は、筆者が撮影したものです。また、菅生石部神社、その他は大井信夫さんの

提供されたものです。写真転載禁止。

 

2014年10月3日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

 




| 会員登録フォーム | プライバシーポリシー

〒922-0412 石川県加賀市片山津温泉11の1番地2 (愛染寺内) Tel 0761-74-1147 Fax 06-6863-0050

Copyright(c)2008 I Love 加賀ネット All rights reserved.