NPO法人「I Love 加賀ネット」は加賀の発展と心豊かなまちづくりの為に活動する団体です。
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第167回 「安野光雅展」と「曽根廣雄」

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安野光雅の世界「少年時代」東大阪市美術センターで8月30日まで開催。

 

安野光雅

1926年(大正15年)島根県津和野町で生まれる。「御所の花」「旅の絵本シリーズ」1968年「ふしぎなえ」絵本界にデビュー  2012年文化功労者に顕彰。

「安野光雅美術館」平成13年(2001年)開館。

http://www.town.tsuwano.lg.jp/anbi/anbi.html

(Web検索してください。)

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曽根廣雄

(1940年~2015年) 石川県加賀市片山津に生まれる。

2002年「捨て猫シロと少年」   2006年「大自然の懐に抱かれて」児童文学(日本図書館協会選定図書)

曽根・大自然のふところに…SCN_0004    曽根遺作画⑪コピー

 

                        愛染寺にて展示

 

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安野光雅さん産経新聞の日曜日紙面に水彩スケッチを掲載されており、こんな水彩画を描けたら素晴らしいのにと思っていました。この7月18日~8月30日「少年時代」展を鑑賞しに行ってきました。

「少年時代」の遊びや暮らし、ふるさとの行事昔の子供たち。木登りや、海水浴、春夏秋冬の子供たちの生活や、兄弟そして大人。昭和の初期から戦前の生活感を見事に描かれておりました。筆者とは20歳差なので多少異なるにしても、戦後の昭和高度成長期までの昭和の時代はさほど異なるものではないように思われます。

 

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「安野 光雅氏の許諾済み」転載は不可です

 

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曽根廣雄さんは、長期にわたり病気と闘いましたが、残念ながら本年亡くなりました。

曽根廣雄さんの児童文学「捨て猫シロと少年」「大自然の懐に抱かれて」の中に出てくる話や挿絵と安野光雅さんの「少年時代」の素晴らしい絵は、ともに昭和の時代(高度成長期に入るまで)を表現している素晴らしいものです。昭和の懐かしさ、温かさ、生活感、行事、子供の遊び、学校、先生とのこと、町や村や大人たちのことなど。安野さんの絵であり、曽根さんの小説であります。その体験こそ少年の原体験であり、故郷であります。

 

時代が変わったとはいえ、子供たちはゲーム機やスマホからゲームをしたりすることが遊びの中心になってしまっている。手塚治虫さんが小学校の時に昆虫(かぶと虫、蝶、その他の昆虫を)観察し、描いている昆虫ノートを見ると天才たる事が理解できます。

手塚治虫さんも1928年(昭和3年)生まれ。何もない、皆が貧乏で、食べることに精一杯の生活の中に、明日の夢があり、希望があり、期待があり、子供同士の友情があり、親と子の関係が温かく、兄弟の信頼も厚かった。こうしたことは、決して懐古的と片付けてはならないことである。人が生きるための本質がそこにあるような気がします。

 

物があり、豊かになり、経済優先の平成の時代が日本人にとって幸福なのでしょうか。子供たちの夢もグローバルにならなければならないのだろうか。

多くの子供たちの事件があり、社会の歪みが表面化してきているように思えてならない。

暴力、殺傷、いじめなどが増加して歯止めが掛らなくなってきていることが深刻である。

 

戦中、戦後に子供時代の世代は、まもなく戦後の団塊の世代の人たちに飲み込まれていく。

「花火がうるさい」「盆踊りがやかましい」、「幼稚園がうるさい」などの大人(老人)がいたりして、どうも「寛容」の気持ちが欠如していたりする。「高速道路をUターン」したりで、ともかくこうしたことはわがまま勝手な老人が多くなってきたということなのかもしれない。頑迷さが甚だ迷惑だと云えなくもない。自分は決してそうではないと思ってはいるのだが。

 クワガタ

 

2015年8月28日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

第166回 手塚治虫記念館と福井市美術館の「手塚治虫展」

 学術、文化、芸術、またはスポーツの振興を図る活動<定款より>

 

7月末の夏休み早々に孫と手塚治虫記念館(1994年宝塚市立手塚治虫記念館として開館)に行ってきた。

 

手塚治虫記念館 http://www.city.takarazuka.hyogo.jp/tezuka/

福井市美術館  http://www.art.museum.city.fukui.fukui.jp/calendar.html

(展示写真、絵画等、著作権にかかわりますので上記ホームページからご覧ください)

 

手塚治虫館     DSC_0105   手塚治虫記念館 (筆者撮影)

 

手塚治虫氏は1928年(昭和3年)大阪豊中生まれ、宝塚市名誉市民。医学博士、当然ながら戦後の漫画界をリードしてきた天才漫画家である。周知の通りである。

手塚治虫記念館は阪急宝塚駅から宝塚大劇場を通り、国道176号線沿い8分にあり、宝塚ホテル宝塚南口から橋を渡り5分程のところにあります。手塚治虫氏については説明することもない。とはいえ平成元年に亡くなられてから既に27年であり、小学生の孫に「手塚治虫を知ってるか」と聞いてみたが、どんな漫画を書いて、どんなアニメ制作したのかわからなかった。これもやむを得ないことではないかと思う。

 

小学3年の孫が知っていたのは、西武ライオンズマスコットキャラクター ジャングル大帝「レオ」である。

「手塚治虫展」が福井市美術館で開催(9月6日まで)されている。夏休みも終わりに近づいているが、是非お孫さんを連れて企画展を鑑賞されたらいかがでしょうか。

「鉄腕アトム」「リボンの騎士」「ジャングル大帝」「火の鳥」「ブッダ」「ブラックジャック」

まるまる昭和の時代をリードし、昭和を駆け抜けていったようです。

 

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I Love加賀ネット当コラムで(第151回謡曲「実盛」)、昨年「実盛」の手塚太郎光盛が手塚治虫氏の祖先であると、そしてその名は現在も加賀市手塚町として残っていると紹介しました。

「火の鳥」の中で、手塚太郎光盛の顔を自らの似顔絵を入れているくらいである。また、

長男真氏もそのように講演で言われておりました。

 

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 写真上/実盛塚(石川県加賀市篠原新町)

写真下/首洗池(石川県加賀市手塚町)

実盛<コラム>コピー (2)

 

手塚治虫氏の作品テーマ

「唯一つ、これだけは断じて殺されても翻せない主義がある。それは、戦争はご免だということだ。だから、反戦テーマだけは書き続けたい」自らの戦争体験によってもたらされた「生命の尊厳」を自身のテーマとして挙げている。

いまの、安保法案を手塚治虫はどうとらえるだろうか。

 

手塚治虫記念館と福井市美術館とのコラボレーション。館の運営管理を推進していく中で

それぞれの所蔵する作品や構成面ではやはり限界があるのではないでしょうか。相好の良いものを提案しながら集客に取り組んでいかないと、集客数は決して増加していかない。

宝塚市から福井へ(地方再生への手がかり)福井市はまるまる昭和の世代を手塚治虫記念館で取り込める。そうしたメリットを考えながら取り組んでいかないと、従来の枠にとらわれて、拘っているとなかなか脱出できないことになるのではないか。

 

集客のための努力とは、楽しく、面白く、わくわくすることがなければリピートはおぼつかない。足を運ぶために、期待感に応えるために、従来にこだわらないことが大事な要素ではないだろうか。

 

*        *        *

 

*北陸自動車道をおり、片山津温泉方向に新堀川を渡ると篠原である。新堀川沿いの対岸が手塚町。そして源平橋を渡ると首洗池があり、源平町がある。歴史の由緒ある地名を護り、文化を護ることが重要なことである。800年以前の合戦を芭蕉が500年前に、それから300年以上の歳月が流れ、すぐ側に雪博士・中谷宇吉郎「雪の科学館」があるが、生誕100年であり、歴史は悉く走り去っていく。現在の手塚町は[19世帯(36人)平成17年1月調べ]後代、手塚光盛の末裔を称する人に、江戸時代後期の蘭学者・手塚良仙、そして昭和の漫画家・手塚治虫氏などがいる。手塚治虫「火の鳥」手塚太郎光盛を自画像と似せて登場している。

当コラムNO102、NO148、NO151で

関連記事を書いています。是非お読みください。

 

 

2015年8月28日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

第165回 「横浜能楽堂の梅」

 

寄  稿

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外嶋 友哉

中谷宇吉郎雪の科学館「友の会」幹事

(横浜市在住)

 

今、「I love 加賀ネット」上で、この文面を読まれているということはパソコンかスマホを使って読まれているということなので、是非、検索エンジンを使って「能舞台 梅」と検索してもらいたい。おそらく横浜能楽堂がヒットし、大きな松の木が目をひく能舞台の写真を見つけられるだろう。

 

能楽堂本舞台写真2(小)

横浜能楽堂本舞台

 

 

横浜能楽堂鏡板

横浜能楽堂鏡板

■写真提供 横浜能楽堂■

 

加賀の藩祖、前田利家が能の金春流ということをご存知の加賀在住の方々や、能楽に造詣が深い方なら、能舞台の絵に、松と竹に加えて梅が描かれていることに面白さを感じてもらえるだろう。私同様、能楽をあまりよく知らない方のために解説を加えると、通常、能の舞台背景には、今も昔も、松と竹というのが定番なのだそうだ。この定番を覆し、横浜能楽堂の舞台には松と竹に加え梅が描かれている。これには横浜から遠く離れた加賀との偶然で奇妙な巡り合わせの歴史が隠されていたのである。

 

先に触れたように、加賀藩は本家だけでなく支藩に至るまで能楽文化が盛んであった。加賀大聖寺藩の最後の藩主、前田利鬯(としか)の旧邸は、「中谷宇吉郎 ゆかりの地めぐり」でも紹介された通り、錦城小学校近くの江沼神社の敷地内に保管されている。畳敷きの広間には、通常の建築では不自然な位置に、座敷を正方形に囲むように柱が建てられている。これは、主人の能楽好きが昂じて作られたもので、能舞台の「目付け柱」の役割を果たすものであった。

enumajinja01[1]  江沼神社(加賀市大聖寺)                         ■写真提供/KAGA旅まち・ネット■

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*中谷宇吉郎 ゆかりの地めぐり・・・江沼神社敷地内「畳敷きの広間」での朗読会

      (I Love加賀ネット写す)

 

支藩でも、これだけの熱の入れようなので、本家の前田家は更にスケールが大きい。幕末を生き、明治を生きた加賀藩主の前田斉泰(なりやす)もまた能楽に精通した人物として知られる。維新後、東京の根岸で余生を過ごし、その根岸の自宅に、とうとう本格的な能舞台をまるごと造ってしまったのである。流石、加賀百万石のお殿様ともなれば、痛快極まりない。更に、茶目っ気もあり、定番の松と竹に加え、前田家の梅鉢紋(うめばちもん)の家紋にちなんで、舞台背景に梅を描かせたのである。

 

ちなみに、前田家の梅鉢紋(うめばちもん)と呼ばれる家紋は、菅原道真の末裔を意味していると言われている。更に横道に逸れるが、私の祖先を辿ると、織田信長の子守役で知られる平手政秀と縁があり、平手家もまた、前田家と同様、菅原道真の末裔とされ、勝手ながら加賀に個人的な縁を感じている次第である。

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    金沢城3  

金沢城

 

 

さて、ここからが更にあまり知られていない内容である。前田家の梅の能舞台は、根岸からそのまますんなりと横浜能楽堂に辿り着いた訳ではない。前田斉泰(なりやす)の死後、1965年(昭和40年)まで別邸に移築され広く利用されていたようだが、その後、まったくの行方知れずとなってしまった。利用されることがなくなり解体されたとはいえ、能舞台まるごと保管するともなれば、スペースだけでなく費用もそれなりに掛かるだろう。当時の関係者も私のような風流に疎い者だったとしたら、どう処理すれば良いか頭を悩ます代物にあったに違いない。

 

行方知らずになって30年近くが経ったある日、神奈川県の海老名市の水道局の倉庫の奥で、職員が見慣れぬ物を見つけ出した。それこそが、梅の能舞台であった。おりしも、横浜市は1996年(平成8年)の能楽堂の完成に向けて動き始めていた頃で、これ幸いと修繕を加え横浜能楽堂に迎え入れたのである。加賀文化が、紆余曲折を経て、遠い横浜の地に受け継がれた瞬間であった。

 

ここで触れた話は、横浜能楽堂を訪れた際に学芸員とおぼしき職員の方からお聞きしたものである。インターネットが便利に使え、居ながらにしてあらゆる情報を知ることができるという錯覚に陥りやすい今日この頃であるが、やはり現地に実際に身を置き、人と触れ合うことで新たな事を知り、感じ、興味が湧くということが当然ながらたくさんあることに改めて気付かされる。実際に横浜能楽堂へ梅観賞に訪れるのもよし、歴史に思いを馳せながら加賀の地へ訪れるのもよし、これまた一興ではありませんか。

 

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◆参考リンク先

◉「中谷宇吉郎 ゆかりの地めぐり」の報告(I Love 加賀ネット内)

http://kaganet.com/houkoku/houkoku.php?nowpage=10

◉横浜能楽堂

http://ynt.yafjp.org

◉江沼神社…宝永元年(1704年)4月に大聖寺藩三代藩主前田利直邸内に前田家遠祖の菅原道真公の霊を祀る天満天神社を建立したのがはじめとされ、藩祖前田利治公をお祀りした松嶋神社が明治10年に江沼神社と改称、同12年天満天神社を合祀、同16年に県社に昇格しました。

 

 

2015年8月5日

 外嶋 友哉

中谷宇吉郎雪の科学館「友の会」幹事

(横浜市在住)

 




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