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事務局コラムNO212 筆者の散歩コース2020年6月10日

事務局コラムNO212               筆者の散歩コース                      2020年6月10日

 

コロナウイルス(中国・武漢ウイルス)で世界中が汚染された。日本は稀に見る感染死者数が少なく、緊急事態宣言も大阪並びに関西圏は全面的に解除された。取り敢えずは2次感染の流行が拡大しない様に祈るのみである。

 

筆者の散歩は、大川(旧淀川)から淀川堤防まで行き、そこから折り返し大阪城公園までの約8㌔の往復コースである。コロナウィルス緊急事態宣言中は大川沿いは桜満開であり、例年だと大阪造幣局の桜の観光客でごった返すのだが、今年は閉園であった。淀川堤に蕪村生誕地の句碑がある。
春風や堤長うして家遠し(春風馬堤曲十八首)
堤は毛馬堤であり、現在は毛馬の閘門がある。

蕪村生誕地であり、蕪村公園があります。

「春風馬堤曲」は安永六年(1777年)蕪村春興帖『夜半楽』所収。
蕪村はこの年六十二歳。天明三年(1783年)1十二月二十五日、六十八歳で亡くなる六年前の事である。故郷への想いは老年となれば、特に強くなるのは蕪村だけではない。

 

 

名のれなのれ あめしのはらの ほととぎす (蕪村・明和年間)
明和年間・明和5年、6年は積極的に句会を開催している。謡曲「実盛」篠原の合戦での斎藤別当実盛を読んでいる。合戦前日は、篠原は大雨であった。
まさに片山津温泉の「湯の祭り」の時期でもある。祭りは梅雨時期でもあり、当然ともいえる。「湯の祭り」が時期がずれたのは残念ある。いつも「湯の祭り」は雨の記憶しかない。

 

岩波文庫より

同時期に三国湊、歌川女は
さそう水 あらばあらばと蛍かな
と詠んでいる。(三国・長谷川歌川女) 明和5年(1768年)の句である

 

流れを散歩に戻すと、蕪村碑から大川沿いに南に足を向け、約5キロ大阪城公園に向かう。都島橋を潜り、桜ノ宮銀橋を潜っていくと、帝国ホテル大阪が見える。
そのまま進んでいくと藤田邸跡公園(藤田財閥)があり、京阪電車を超えると大阪城公園に入る。昨年までの観光客はおらず、コロナ禍の時期、流石に観光客は少なく閑散としている。

 

中国、韓国、台湾などアジアの観光課客が押し寄せた大阪城(たこ焼き屋が税金を滞納していた事件があったが、たこ焼き屋が億の金を税金逃れをしていたことでも解るようにそれだけ観光客来たことに他ならない)

片道はここまで、ゆっくりと帰りに着く4㌔あまりは、休み休みで足の痛みを労わり乍ら変えることにしている。

 

 

孫たちと同居の身、中小学校も休校で、毎日が騒々しいのは止むおう得ないがボケ防止の為には良いのかもしれない。
世界中がコロナウィルスで大変であり、世界の社会秩序や市場経済(サプライムチェーン崩壊と中国からの脱出に向けて企業も日本国も厳しい姿勢で見直していかなければならない切っ掛けとなったと思っています。

 

新しい秩序と共通の価値観で世界の再構築を図る時期に来ている。そんな高邁なことを思いながら散歩しているわけではないが、コロナウイルスの終息を願っています。

 

 

 NPO法人 ILove加賀ネット

事務局長   東川 敏夫

 

 

 

 




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