NPO法人「I Love 加賀ネット」は加賀の発展と心豊かなまちづくりの為に活動する団体です。
> top     > ブログ

「I Love加賀ネット」ブログ随時更新中です。

第186回 「赤穂浪士―俳人たちの忠臣蔵」その一

                     

               「赤穂浪士―俳人たちの忠臣蔵」その一

 

 

元禄十四年九月中旬、大高源吾(子葉)は、萱野三平(涓泉)箕面を訪れ勝尾寺、箕面大滝に遊ぶ。(元禄十四年九月中旬は現在の11月中旬なので季節的には丁度今の時期である。)箕面の山々は燃えるような紅葉が目に焼きついていたであろう。能勢街道を豊中(筆者所在地)箕面に向かってずっと上りである。そして西国街道にぶつかる。この元禄十四年九月中旬が重要な日である。

 

萱野三平記念館や上島鬼貫の年譜表には九月としか記述がない。が、大高源吾はおそらくその前日は京都山科に大石内蔵助を訪ね、吉良義央(吉良上野介)への仇討を確認したものであろう。(大石内蔵助は六月二十五日赤穂を去り、山科に向かうとある。)そしてこのことを箕面の、この年の四月に帰郷している仇討の一党に名を連ねる、赤穂浪士四十八番目の義士と云われる、萱野三平に伝えたのであろう。

 

 

元禄十四年三月十四日、「江戸城松の廊下」での刃傷事件は浅野内匠頭の切腹、お家断絶、赤穂城明け渡しの厳しい処分となった。赤穂浪士の討ち入り「忠臣蔵」である。

早籠で赤穂まで飛脚で8日掛るところ、4日で事件の第一報をもたらしたのは萱野三平である。この道中、西国街道沿いに実家、萱野邸前を通過するも、母親小満の葬列に出会うが、「一目母御に会っていけ」と同行の早水満堯に勧められるも「御家の一大事」と涙ながらに振り切り、赤穂に到着したといわれている。(亡母小満の百ケ日法要は六月二十八日に梅田・太融寺で行われた)

 

 

元禄時代は俳諧が盛んな時代で、東の松尾芭蕉、西の上島鬼貫と云われた。江戸俳壇の中心人物であった水間沾徳門下の大高源吾(子葉)神崎則休(竹平)萱野重実(涓泉)の赤穂浪士の技量は当時の俳諧人にも広く認められていたと云う。萱野一族にも兄重通など多くのすぐれた俳人が活躍したと云う。武士社会の江戸だけではなく、元禄の商人の町大阪俳諧も多くの俳人を輩出し、鬼貫、水田西吟、西鶴、そして近松門左衛門など元禄文化は上方でも大きく開花した。そんな元禄文化の光とお家断絶、城明け渡しそして仇討は幕府の影の部分であったといえる。武士と庶民、武と文の交錯した徳川幕府体制の確立をなしていく時代になってきていた。

 

 

また、赤穂義士には、多くの俳人が輩出された。

小野寺十内(俳号 里籠) 神崎与五郎(竹平) 原惣右衛門(来水) 茅野和助(禿峰)間重二郎(如柳) 寺坂吉衛門(万水) 吉田忠左衛門(白砂) 富森助右衛門(春帆)元禄文化は江戸、大坂のみならず全国に俳諧は広がりを見せていた。松尾芭蕉の「奥の細道」を見ればこのことはよくわかることでる。

 

萱野三平と箕面勝尾寺、箕面大滝で遊んだ大高源吾(子葉)は、桜塚(豊中市)に住む(落月庵を設けている)水田西吟≪新月の斧にちるらむ華のけふ 西吟≫又、井原西鶴は≪ここぞ萬句 俳諧名所の桜塚≫と詠んでいる。』や伊丹の鬼貫のもとを訪れる。箕面から能勢街道をずっと下りである。現在の豊中市役所(岡町)まで約6キロ、そして伊丹、猪名川を渡り昆陽池を過ぎると元禄の財が集まった酒造の町伊丹には、上島鬼貫が待っていた。鬼貫の年譜表にも九月、大高源吾(子葉)一泊する。と記してある。上島鬼貫は俳諧人であるとともに、藤原宗邇と云う武士である。交観句あり(「二ツの竹」)俳人としてまたこの日ばかりは、武士としての「羲」の思うにあったことと推察するばかりである。

 

萱野三平は仇討に反対の父重利に対する親孝行と、主君内匠頭への忠義の板ばさみが大きな重圧となり、元禄十五年一月十四日、自宅長屋門の一室で自刃し人生に終止符を打つことになる。

 

萱野三平辞世の句 「晴れゆくや 日頃心の 花曇り」涓泉   

萱野三平旧邸長屋門に碑があります。

大高源吾 「うら枯れや 餅にとどまる 桜つか」子葉    

豊中市にある原田神社境内に碑が建てられている。

 DSC_0282DSC_0285DSC_0294

 

この旧暦九月の二日間のことを戯曲「伊丹の秋」三幕 俳人鬼貫の生涯より 作・佐坂茂男(地域研究いたみ 第九号 別冊 第三幕) に書かれている。また、あとがきで書かれてはいるが、萱野三平が鬼貫を訪れたという記述はないとも書かれている。

 

たった、この二日間のことが「時は元禄十五年十二月十四日」赤穂浪士の討ち入りに繋がっていく。

 

 

 <次号へ続く>

記事並びに写真の転載はご遠慮ください

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【参考資料】 地域研究 いたみ 第九号 上島鬼貫年譜考(櫻井武次郎・安田厚子)

萱野三平旧邸長屋門・涓泉亭パンフレットより

 

2016年11月28日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫

 

コメントは受け付けていません。




| 会員登録フォーム | プライバシーポリシー

〒922-0412 石川県加賀市片山津温泉11の1番地2 (愛染寺内) Tel 0761-74-1147 Fax 06-6863-0050

Copyright(c)2008 I Love 加賀ネット All rights reserved.