第125回 「論語を読む」

学術、文化、芸術、またはスポーツの振興を図る活動<定款より>

 

 

論語は応神天皇の十六年(西暦285年)に百済の博士王仁によって我が国に将来されたと

いわれ、我が国の有した最古の古典です。

諸橋轍次著「論語の講義」昭和48年初版を手元に置いて40年になりますが、なかなか読み進まない。

「仁」とは、「道」とはと考えながら生きることが、まさに人生そのものなのではないでしょうか。  

 

諸橋轍次著「論語の講義」昭和48年初版より

 「子曰、朝聞道、夕死可矣」(里仁第四)

 

子曰く、(あした)に道を聞けば、(ゆうべ)に死すとも可なり

 

人生の目的は、結局道を聞いてこれを体得し実践することにある。出来るだけ自らに忠実に道を求めて生きていくことを目標にしたいとは思っているのだが。充実した日々であるように研鑽する。(これもまた難しいことである。)

 

【耳順】(為政第二)

 

子曰く、吾十有五にして学に志し、三十にして立ち、、四十にして惑わず。五十にして

天命を知る。六十にして耳(したがう)。七十して心の欲するところに従えども、矩を超えず。

 

孔子が晩年に至って、自己の思想・人格の発達過程を回顧して述べたものであるが、

その年代を歩んできた凡人にとっては中々容易なことではない。四十にして惑わず、五十にして天命を知るところまではいかない。自らの年齢を重ねると、孔子に少しでも近づきたいとは思う。六十にして耳順ふ。「忠言、耳に逆らう」自らの行いの足りないところ、欠点がある場合には、耳に逆らうもので、憂いをもたず、恐れをもたない人には耳に逆らうことはないはずである。人にとって己を修める雅量ができていれば、いかなる忠言でも快く受け入れることができるであろう。七十にして心の欲する所に従えども、矩をこえず。

孔子の修養が円満無欠の聖人の境地に達し、天の運行と一致した姿ともみられる。

天の命ずる運命に安ずるということ、天が己に与えた使命を自覚することであろう。

 

人の年齢、十五「志学」三十「而立」四十「不惑」五十「知名」六十「耳順」七十「従心」

の年と云うようになった。

 

古典から学ぶことは多い。1700年前の孔子の論語が現在の人々の生き方にも脈々と生き続けている。技術革新が進んでも、人間の本質は何ら変わらないということではないでしょうか。

 

 

2013年7月23日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫