第137回 「奥の細道」名勝としての那谷寺「奇石」

 学術、文化、芸術、またはスポーツの振興を図る活動<定款より>

 

 

石山の石より白し秋の風   芭蕉 「奥の細道」より

 

松尾芭蕉と弟子曾良「おくの細道」の作品に書きとめた風景を近世・近代を通じて人々の風景観に影響を与え続け、今なお往時の雰囲気と遺風を伝える一体の風致景観であるとして、「奥の細道の風景地」を国名勝に指定することを文部科学大臣に答申。13か所を指定し、保護する。その中で、那谷寺(石川県小松市)境内の奇石が名勝に指定されている。

 

石山のいしの形もや秋の月  上島鬼貫 「禁足旅記」

 

芭蕉が眼前にある「那谷寺」の「奇石」の白さに注目し、近江国石山寺の「石」を思い起こしつつ作ったのが、「石山の石より白し秋の風」石山寺の「石」の白さに注目したが、月光下の「石」の「形(なり)」も充分面白いと鬼貫はやったのである。芭蕉句を意識したものである。(鬼貫句選・独ごと― 復本一郎校注より抜粋)

上島鬼貫は「東の芭蕉、西の鬼貫」と並び称された元禄期の俳人である。

 

 

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(那谷寺・石川県小松市)

 

 

立花北枝

蕉門十哲のひとり、立花北枝は加賀金沢の人。通称は研屋源四郎。刀研ぎ商。

元禄二年(1689年)芭蕉が「奥の細道」の旅で金沢にやってきた時に入門。

多太神社に詣で、木曽義仲の願書、並びに実盛が鎧兜を拝す。

 

 

あなむざん甲の下のきりぎりす  芭蕉

幾秋か甲にきへぬ鬚の霜     曾良

くさずりのうら珍しや秋の風    北枝

 

小松を出発して山中温泉に向かう。

 

子を抱いて湯の月のぞく猿かな

 

芭蕉は山中温泉で曾良と別れ、北枝と那谷寺に行き、再び小松へ。北枝は芭蕉と天龍寺(丸岡)まで同行することになる。芭蕉は北枝と共に天龍寺を旅立ち、そして北枝と別れた。

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  (源平の戦跡・首洗池 石川県加賀市)

 

那谷寺の四季発信 

開創1300年へ企画委 2017年(平成29年)に迎える那谷寺(小松市)の開創1300年に向け、同市那谷町住民が「1300年祭企画委員会」を発足させる。紅葉の名所としてだけでなく、季節を通じた魅力を発信する事を目指しており、イベント企画など地域一丸となって誘客に知恵を絞る。

18年に開湯1300年を迎える粟津温泉でも、旅館や町内会が「1300年祭実行委員会」設立へ準備をすすめている。(北國新聞2014.年2月11日付け記事)

 

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      (芭蕉の館・加賀市山中温泉/写真提供は大聖寺実業高校 実高ふれ愛隊日記)

 

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                 (鶴仙峡・加賀市山中温泉) 

 

 

  息づく加賀の源平の歴史、そして自然が招く四季の美しさを大切にしたいものです。

            

 

                        2014年2月18日

                     NPO法人  I  Love加賀ネット

                       事務局長 東川 敏夫