第160回 「奥の細道 全昌寺」

学術、文化、芸術、またはスポーツの振興を図る活動<定款より>

 

 

 

北陸新幹線は金沢まで開業。その先福井までは3年前倒しで平成34年度末に開通予定。

北陸新幹線の観光の賑わいは金沢まで。金沢―福井間はその恩恵にというより、何も変わっていない。福井まで開通したからいって通過駅は大きく変わる訳ではない。

芭蕉の「奥の細道」旅の後半は加賀の国と越前の国である。そして加賀の国の最終は大聖寺である。全昌寺は(加賀百万石の支藩、大聖寺藩7万石)大聖寺にある。

 

病気の曽良との別離。伊勢の国長島に親類があるので先に行くことになった曾良は

「行き行きて倒れ伏すとも萩の原」 曾良  と書き置く。

「今日よりや 書付消さん 笠の露」 芭蕉

 

加賀の国、大聖寺町の全昌寺に泊まった。曾良も前夜この寺に泊まり、

「よもすがら 秋風聞くや 裏の山」

たった一夜を隔てただけなのに、千里も離れた寂しさに襲われた。曾良と同じ秋風を聞きながら修行僧の寮に泊まった。

 

 

IMG_全昌寺芭蕉

 全昌寺(加賀市大聖寺)

 

 

 

今日は、加賀の国を出て越前の国に入ろうと思い、気ぜわしく堂を降りると、若い僧たちが紙と硯を抱えて階段の下まで追いかけてきた。丁度その時庭の柳が散っていたので、

「庭掃きて 出でばや寺に 散る柳」

と即興の句を詠んで、草鞋を履いたまま、慌ただしく書き与えて、寺をあとにした。

秘書役の曾良との別れで、何んとも気ぜわしい芭蕉の胸中を察することなく俳壇の大御所に句をせがんでいる若い僧との対照がこれも俳諧味かもしれない。

(角川書店編 おくのほそ道 より)

 

IMG_全昌寺本堂

全昌寺(加賀市大聖寺)

 

 

金沢~福井間 JR西日本サンダーバードである。特急停車駅は加賀温泉駅である。

芭蕉の奥の細道は

「荒海や佐渡に横たふ天の河」越後路から北陸路へ。市振の関、黒部川・那古の浦、そして、金沢から小松、那谷寺、山中温泉、大聖寺と芭蕉の「奥の細道」は加賀の国から越前には入り、終着の大垣までの終盤にさしかかっていく。芭蕉と曾良の別れから旅の終盤は「秋」であり、季節とともに一層の寂しさや「秋の季語」から伝わってくる。

 

金福寺蔵蕪村「奥の細道画巻」模写

 

『奥の細道画巻』

2003年9月 「没後220年 蕪村」逸翁美術館(大阪府池田市)

京都 金福寺 奥の細道画巻複写

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■撮影・いづれも筆者■

 

 

2015年5月20日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫