第20回 清酒発祥の地「伊丹酒」

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伊丹酒製造元 「大和田屋」の番付

  

知り合いの煙草屋のご主人山口高正さんのルーツは伊丹の清酒製造業「大和田屋」であったと聞き、大変興味を持ちました。江戸積銘酒番付(伊丹武内利兵衛氏所蔵)で堂々と関脇,大関クラスにランクされています。当時使っていたラベルは幾種類もあり、写真はその内の一つです。

 

 

写真提供:豊中市在住 山口高正氏 

 

 

繁栄を誇った伊丹の酒造も、現在大手として残っているのは白雪(小西酒造)です。こうした時代の繁栄は文化をも醸成しました。殊に「西の上嶋鬼貫、東の松尾芭蕉」と言われたほどの俳人です。

上嶋鬼貫は、清酒「三文字」の醸造元 『油屋』 の一族である上嶋宗春の三男として摂津国河辺郡伊丹郷(現在の伊丹市)で生まれた。

 

 

そして、与謝蕪村も深く関っております。元禄文化の開花期のことです。

 

「石山の 石より白し   秋の風」  芭蕉  奥の細道 那谷寺 

「石山の  石の形もや 秋の月」     上嶋鬼貫  禁足之旅記

                        

 那 谷 寺

 

 

 写真提供:(社)加賀市観光交流機構  「KAGA旅・まちネット」  

 

 

伊丹は摂津の国猪名川上流にあり、川沿いの池田・鴻池、武庫川上流の小浜(現在の宝塚)大鹿(伊丹市東部)で、慶長5年伊丹の鴻池善右衛門が室町時代から段仕込みを三段仕込みとして効率的に清酒を大量生産する製法を開発した。

 

伊丹は日本の清酒の発祥の地であります。鴻池家は三和銀行、東京三菱USJ銀行へと商脈は続いていくことになります。

 

伊丹で造られた酒は船で猪名川を下り、大阪湾に出て、菱垣廻船や樽廻船で江戸へ出荷されました。地元で消費されるよりも圧倒的に江戸で出荷する率が高かったようです。大阪池田と並び伊丹の酒は江戸時代初期には確固たる地位を築いていました。「摂津名所図会」には「酒匠家六十余戸あり」と伊丹の栄華の時代を物語るものです。

 

江戸におくられた伊丹の高級な酒は「くだりもの」といわれていました。現代語で使われている「くだらぬもの」という表現はこの「くだりもの」の逆で、「江戸に送らない品質の落ちるもの、下級品」という意味から生まれた言葉だとされています。              

                   

                参考資料 伊丹酒造組合、ウィキペディア(フリー百科事典)

                        

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2012年1月17日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫