第23回 大聖寺と芭蕉 

「柴山潟〝桜〟周回廊計画」

 「 I  Love加賀ネット インターネットラジオ局」

只今計画準備中!

 

 十万石文化は今も息づいて

 

大聖寺は、加賀百万石の支藩・大聖寺藩(初代藩主 前田利治)の城下町として栄えきた歴史と伝統文化の息づく街です。茶道、能楽、生け花等の芸事が庶民の間に浸透し、しっとりと落ち着いた雰囲気を漂わせています。

 

江戸時代からの街並みをそのまま残し、錦城山城跡の麓には、禅宗、日蓮宗等の古刹が立ち並び、藩邸後の一部にあたる江沼神社境内にある庭園は、兼六園を模して造成されたと伝えられています。               【大聖寺観光協会ホームページ】より抜粋

 

 

 桜の時期の長流亭

 

 

 

芭蕉『奥の細道』より 全昌寺

 

大聖持の城外 全昌寺という寺に泊まる。猶(なお)加賀の地也。曾良も前の夜此の寺にて

泊まりて残す。       

 「夜もすがら 秋風聞くや うらのやま」 曾良

 

と残す。

一夜の隔、千里に同じ。吾も秋風を聞きて衆寮に臥せば 曙の空近こう、読経声すむままに、鐘板なりて食堂に入る。

けふは越前の国へと、心早卒にして堂下に下る。若き僧ども紙硯を抱えて、階のもとまで追来る。折節庭中の柳散れば

「庭掃きて 出でばや寺に 散る柳」 芭蕉

 

とりあへぬさまして、草鞋ながら書き捨つ。

「奥の細道」の旅の初めから行動を共にしてきた曾良との別れ。曾良はお腹を壊して、伊勢の知り合いのもとに旅立つ。        【長谷川 櫂「奥の細道」を読む】から抜粋

 

 

 大聖寺 全昌寺

 

 

 写真・いずれも「大聖寺観光協会」提供(ホームページより)

 

 

2012年1月27日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫