第96回 「仮名手本忠臣蔵」

学術、文化、芸術、またはスポーツの振興を図る活動<定款より>

 

 

「仮名手本忠臣蔵」

 

国立文楽劇場で(11月3日~25日)「仮名手本忠臣蔵」が公演されている。ご存じの通り元禄赤穂事件(1701年~1703年)四十七年目の寛延元年(1748年)に大阪竹本座(竹本義太夫)で人形浄瑠璃として初演されたのが「仮名手本忠臣蔵」です。

赤穂浪士の仇討を題材とした文楽屈指の人気作です。太夫、三味線、人形遣いが三業一体となって繰り広げる忠義と情のドラマ。初日は大入り満員だったようです。

 

  ●国立文楽劇場「仮名手本忠臣蔵」 開催期間 11月3日~25日

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文楽と橋下大阪市長との補助金に関してのやり取りがありましたが、300余年にわたり続いた芸術、古典文化、歴史を保存維持していくことは重要ではないでしょうか。

ではありますが、文楽を維持していく為の自助努力をも協会はしていかなければならないとも感じています。落語、漫才、浪花節、講談など芸のプロ集団においてはその発信力がなければならないと思っています。集客のための努力は欠かせない。

 

国立文楽劇場 http://www.ntj.jac.go.jp/bunraku.html

 

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近松門左衛門とお初天神と福井県鯖江市

人形浄瑠璃といえば近松門左衛門作「曽根崎心中」「心中天網島」であろう。福井県鯖江市内に「近松門左衛門」里や像が建立されています。

 

        

 

「曽根崎心中」

大阪内本町の平野屋(醤油屋)手代徳兵衛は北新地の天満屋の遊女お初と愛し合う仲。

しかし、徳兵衛に大きな期待を寄せている親方(徳兵衛の叔父)ゆくゆくは店を継がせ姪と結婚するように迫る親方。お初と一緒になりたくて縁談を断った。親方は激怒し、店はクビ持参金を返せと迫る。友人の油屋九平次はとんだ悪党で「借りた覚えはない」の一点張り。挙句に貸し借りの証文を、徳兵衛が偽造したと因縁をつけ、道端で数人に殴打される。

親方に持参金を返せない、公衆の面前で殴られ男の面子も立たない。かくなる上は、死んで無実を晴らそと、お初と共に曽根崎の森に入っていく。お初は嬉しかった。大好きな徳兵衛と一緒に死ねることが幸せでならない。なかなか刺せない徳兵衛に「早く殺して」とせがむお初。二人は一つの帯で身体が離れないように結び、お初を刺し、徳兵衛も自らの首をさした。 近松門左衛門作「曽根崎心中」あらすじである。

竹本座・竹本義太夫と近松門左衛門が継承する文楽そのものである。

11月22日は近松忌、巣林子忌(巣林忌)と呼ばれ、冬の季語です。

 

大阪市北区曽根崎にお初天神(露天神社)としてヒロイン「お初」の名前からお初天神として親しまれている。

 

 

お初天神

 

  

 お初と徳兵衛の石標

 

 

 お初と徳兵衛

 【お初天神写真/筆者撮影】

 

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赤穂浪士大高源吾と俳句

赤穂浪士四十七士の一人、大高忠雄(源吾)の俳号は子葉と云い、宝井其角と交流があった。打ち入り前夜、煤払竹売りに変装し、吉良邸を探索していた源吾が両国橋のたもとで其角に出会い「西国の就職が決まった」と別れの挨拶をした源吾に

其角「年の瀬や水の流れと人の身は」と、はなむけとして詠んだ。

これに対して、源吾は「明日待たるるこの宝船」と返し、仇討をほのめかしたという。

明治になって、この逸話を主題とした歌舞伎「松浦の太鼓」が作られたという。

切腹の座につき「梅で呑む茶屋もあるべし死出の山」の一句を遺した。

 

原田神社と大高源吾

     【写真提供 山口高正氏】

 

「裏枯れや 餅にとどまる さくら塚」 

原田神社の辺りを桜塚といい、桜塚古墳のある場所です。桜の葉が枯れているが、桜餅として使われているではないかと。裏枯れのは、忠義と人情の世界に生きることもこれもまた人生ではないかと。(解釈している。)

 

 

2012年11月11日

NPO法人  I  Love加賀ネット

事務局長 東川 敏夫